闘技場の裏 その3

 この闘技場に集めらるのは決まった人間だけだ。罪人、税金滞納者、奴隷、戦争捕虜、政敵、反逆者、たまに自ら身を投じる者もいる。彼らの中で長く生きられるのはほんの一握りだ。


 剣闘士となって一年以内に新人の大半が死体となってどこかへと棄てられる。体の一部だけというのも最近は珍しくない。


 そんな中、5年もの間、闘技場で生き抜いたツワモノがいた。それは無理やり連れて来られ競り落とされた不運の少女のことだ。


 整った顔なのに無感情で冷血な目を持つ。闘技のときには、観客に求められるのであれば相手を無慈悲に斬り刻み、鮮血を水浴びするように浴びることも彼女にとって苦ではなかった。基本、命令には忠実に従うのが彼女であったが、たまに命令無視する時もあった。しかしそれを咎める者はいない。奴隷なのに彼女に手を出しにくかったからだ。だれもが関わるのを恐れた。


 少女は人をたくさん殺した。


 戦争で言えば、英雄になれただろう。


 しかし、ここは違う。権利も自由も束縛された場所。あるのは死の恐怖しかない。そして、闘技で闘う時は楽には死なせてくれない。


 人それぞれの“パフォーマンス”があるからだ。腕を切り落としたり、目を指でえぐって痛めつけたり。嫌いな民族がそれをされると盛大に歓声が起きる。


 闘技の結果がよければ、軍人からのスカウトがくることがあった。それが唯一、闘技場から生きて逃げ出す手段だ。弱い剣闘士の間ではその望みは薄い。だから急所を一刺しで殺してくれと対戦相手に事前に頼む事がある。誰もがこの地獄から抜け出したいと思っているからだった。


 だが、彼女だけは違った。


 さて今回はどうやら国の敵であるロランドル人の闘技であるようだ。闘技場の中央に置かれたいびつな檻は黒い布で覆い隠されていた。それが今、その黒い布が取り除かれ観客席から驚きとどまる声が聞こえる。


 バジリスクだった。ゴブリンが馬の代わりに使う大トカゲで、身体は中型になるがそれでも充分に大きい。口を開ければ、人など丸飲みにできる。


 連れて来られた帝国人は腰を抜かし、奴隷専用の鉄門へと逃げ込もうとした。しかし、鉄門は堅く閉ざされ、武装した衛兵が分厚い盾で押し返す。


 観客らは息を飲んだ。さすがに、滅多に見ない魔獣をま間近で見てしまったので観客も張り詰めた状況に緊張した。


 黒い布で隠されていたせいでバジリスクは眠っていたが、太陽の光を浴びたとたんに急に鼻息きを荒くする。大きな眼玉をぎょろりと開き、辺りを見渡していた。


「さぁ皆さん。帝国人がこの化け物を倒すか、はたまた、バジリスクの腹の中に全員が収まるか。どちらも激闘が繰り広げられることは間違いありません!! ではでは、始まりですっ!!!」


 司会者の合図と共に監視塔の衛兵がゴブリンの角笛を鳴らした。訓練されているバジリスクは音を聞き分けることが出来る利口な魔獣である。このゴブリンの角笛はバジリスクなどに命令する独特な音を出すことができる為、今回、使われたのだろう。

 今の音色は人間の言葉で言えば、“喰らえだ”


 角笛に反応したバジリスクは悪魔にでもとりつかれたかのように突然、暴れ出し、頑丈な檻に体当たりし始める。鉄の頑丈なはずの檻が歪みぶち壊れた。その勢いで飛び出したのを見た帝国人らは腰が引ける。


 そんな恐怖の中、一人の帝国人が大声を上げた。


「フェザールぅうううううう!! 呪ってやる!!! 永遠に呪ってやるぞぉおおお!!!!」


 帝国人のその男は意味が分からないことを叫びはじめた。次に決意したのか張り声を出しながら、バジリスクに向かっていき、脅かしているようだ。バジリスクも後ろ足で立ち上がり威嚇し返す。口を上下に開き、唾液を飛ばしながら断末魔のような叫び声を上げ、帝国人を吹き飛ばす。


 その怯んだ、男の足に勢いよく噛み付く。ガチンっ!という音と共に骨がバリっと鳴った。


「ぐぅわわぁぁあああああ!!! おのれえぇええええええ!!! おのれぇれぇいいいい」


 最後の抵抗をする男だったがそのままパックリと飲み込まれた。汗ばんだ観客達が喜んで声援を送る。人に対してではなく、バジリスクに対してだ。


「いいぞぉ! もっとやれ」

「帝国人を皆殺しにしろ!!」


 笑いながら言う。


「ざまぁみろ!」


 数人の帝国人も闘う決意をしたのだろうか。バジリスクに剣を向けて勇敢に突撃する。子供も剣を振り上げて、立ち向かっていく。


「……バジリスクの尻尾には気をつけた方がいいぞ」


 ダマスがそう小さくつぶやいた。


「うっ。今日は……酷すぎるよ」


 ヨハンネは聞える悲鳴と捕食する音を聞いて口を抑えた。


(―――――こんなの惨すぎる……)


 人がバリバリと音を鳴らして喰われるのは、ヨハンネにはキツかった。ヨハンネとダマスが会話をして間に帝国人の二人がバジリスクの餌食となり、分厚いかぎ爪で引き裂かれていった。ダマスが言った通り、バジリスクの尻尾は危険すぎた。これに触れた帝国人が昏倒し、泡を吹きながら痙攣し始める。


「尻尾の棘に猛毒があるんだ……あれをくらった者は数分で死ぬ」

「そんな、簡単に言わないでよ……うぷっ」


 残虐と言われるかもしれない。しかし、これが闘技場なのである。奴隷がいる限り、この野蛮と言える行事は続く事になる。





★★★★★





―――――――――そんな頃、帝国内部で政治と大陸統一へ向けて、新たな動きがあった。その事はまだ誰も知らない。後にこれがオルニード全土に及んた内乱になる事など誰が予想しただろうか――――――。

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