闘技場の裏

 太陽がギラギラと眩く光り、闘技場の土を焼いて灼熱の地獄にした。こんな熱した鉄板のような上で剣闘士らは互いの命を奪い合う死闘を繰り広げるのである。闘技場の土は数え切れないほどの剣闘士らの血を吸い、赤く染まっている。


 今日もまたその闘技が行なわれるのである。


 今回はヨハンネが助けようとした女剣闘士と新しく入って来た十六歳前後の少年剣闘士がペアとなって魔獣と闘うという内容だった。


 この演目を観るため、大勢の観客が殺到し満席にする。当然、その場にヨハンネとダマスの姿もあった。ヨハンネは深刻な顔をして落ち着きのない様子で、息を呑んだ。


 少し前、グレイゴスがダマスの父親ナデルと彼女の事で交渉した。


 しかし一週間は使わせてくれと言われたのだ。どうやら、彼女と同じくらい強い奴隷を三日前に競り落としたらしく、人気の剣奴隷ではあるが代わりがいるし親友の仲だからと彼女を譲ってくれるそうだ。


 あと一週間は剣闘士として闘技を続けなければんらない。その間に死んだらどうにもならないとヨハンネは気が気ではなかった。不満はあったが決まってしまったことには仕方が無い。今は祈るしかなかった。


(――――――死んでしまったらどうしよう)


―――――――軽快なラッパの音と共に遂に闘技が始まる。


 司会者の合図と共に剣闘士専用の鉄門が重々しく開き、それと同時に歓声が闘技場を包む。暗闇の中から二人の剣闘士がそれぞれ斧を手に持って、闘技場の中央へ進み出る。


 女剣闘士は悠々と歩き、手馴れたように振る舞い、少年剣闘士は辺りを見渡しながら、腰を低くして恐る恐る歩いていた。まるで、強気な姉と弱気な弟のようだ。


 今日の宣伝の貼り紙では、魔獣としか書いておらず、何が出て来るかは当日の闘技のお楽しみ。それが、客寄せとなっている。


「さぁさぁ皆様! 今日は剣闘士が新しく入りました。このシェルマはこう見えても元帝国兵です」


(―――――なんで、帝国兵がこんな所にいるのだろうか?)


「そして今日も冷血な目をした“極東の魔王”はその美しさで我々を魅了しております」


 それに観客らの視線が彼女の足、腹部、細い腕へと向けられる。


「どちらも勇猛な戦士です!」


 少年剣闘士は背を縮こませて怯えていた。黒髪の少女はいつも通り、無言の仁王立ち。我に恐れる者無しの様な雰囲気だった。二人とも何が相手か聞かされていないのに。彼女は何が来ようと勝てる自信があるのだろうか。


 観客がざわつく。拳を掲げて声援を送る者もいた。


「頑張れよ――――っ!!!」

「いいぞ! 今日も八つ裂きにしてやれぃ―――!」

「黒髪の足引っ張るなじゃあねぇーぞ! クソガキ」

「帝国人は喰われちまえ!」


 いろいろな野次か飛び交う。


 その中で少年剣闘士は不人気だ。無理もない。元帝国兵と言う事は帝国人。彼ら帝国人は平均的に学問に優れており、商業面は大の得意である。知識の乏しい者を見下す事が好きな彼らはプルクテス人を見るだけで、汚物を見るような目で嘲笑し軽蔑する。それにプルクテス人の多くが劣等感にさいなまれていた。


 以前に、帝国とプルクテス国境において、一触即発の状態が起きた。


 それは帝国軍将校がプルクテス人の商隊キャラバンを盗賊と間違えて斬殺してしまった事が発端である。あわや、帝国と戦争になりかけたが何とか政治面において回避された。しかし、無実の商人らを殺した事はプルクテス人にとって、根強く残っており、今でも恨んでいる人は多い。


 彼らに罵声を浴びせるにはこういう場が一番いいだろう。


「――――今日の魔獣は近くの森で生息する厄介なブルーウルフです。数は十五匹を用意しました。さぁ勝者は誰か? では、開門です!」


 鉄の大きな門が内側に開いた瞬間に蒼い毛並みをした狼が飛び出して来た。普通のサイズよりははるかに大きいブルーウルフは目が赤く光る。こいつらはプルクテスに生息している。帝国側ならば、狩人イェーガーと呼ぶ。爪と歯がとても鋭く発達し簡単に肉を削ぎ落とす事が出来る。顎の力は凄まじく何でも噛み砕く事が可能。


 闘技が始まってから早速、女剣闘士に数匹が襲い掛かる。それを彼女はダンスのステップを踏むように難なく避けていた。手に持っている斧を自在に扱いブルーウルフを地面に叩きつけていく。その時に血しぶきを浴びようが彼女は気にしない。


 まさに冷血だった。足も器用に使い蹴り飛ばす。数頭のブルーウルフは泡を吹き痙攣していた。少年剣闘士の方はというとさすが元帝国兵だった。


 武器を低く、構え防御の姿勢を取る。彼も立派に闘っている。


「嫌だ! こんな所で、こんな所で、死にたく無い! 来るなぁぁぁああああ――――――ッ!!!」


 半泣き状態で悲鳴が交じった声をあげる。それを見て、観客らがあざ笑い馬鹿にする。


(――――――愉快に思えるのだろうか……? 僕にはそう思えない)


 そんなとき、ブルーウルフが少年剣闘士の背後へと回り込む。しまったと思ったのか振り返るも間に合わない。噛みつかれそうになった瞬間、黒髪の少女が庇うように割り込み、口を開けたブルーウルフに斧で脳天に振り落す。


 闘技場を見渡して気づけばこれが最後の一匹だった。


「……なんで……どうして、自分を助けたのですか……?」


 女剣闘士に少年剣闘士が怯えながら尋ねる。


「味方の時は守り、敵の時は殺す。ただそれだけです」

「……そんな」


 あまりにも、感情もない物言い方に少年剣闘士は言葉を失った。そして、間接的に敵であれば容赦しないと言われた。


 観客らが忘れていたかのように一斉に立ち上がり、勝者らに拍手喝采を送る。その音は鼓膜を震わせた。二人の剣闘士は今日の演目を終え、入ってきた鉄門へゆっくりと向った。


(――――――朝の部はこれで終わりか……)


「ふぅ~何とか生き抜いてくれたよ……」


 ヨハンネは席にどっと座り込み、止めていた息を吐いた。闘技中、彼は息するのも忘れていたのである。


「それよりさぁ~お前も物好きだよな。あんな、冷血な女を欲しがるんだ?」

「え? あぁ……」


 ここでダマスに本当の目的をいってしまいそうになったが、それを呑み込み、別の理由を考えて述べる。


「フフフ……僕は父譲りの物欲主義者だからね。最大の夢は最強の傭兵軍団を結成すること。ガハハハハ!!! 傭兵家業で稼ぐのさ!」


 悪役のような笑方をした。ヨハンネの夢は世界中の本や書物を集めまわることで、傭兵など興味なかった。彼は親友に嘘をついた。


 ダマスは親友の言ったことは純粋に信じることにしているので、呆れ顔でため息を吐く。


「ほんと、お前は将来、暴君になるな」


 ダマスは頬杖をつく。それにヨハンネは苦笑いで誤魔化した。そんな中で、闘技を進める司会人に耳打ちする男が現れた。

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