第11話 魅惑的な、かくし味。


「……で、本当に莉子が料理を作るのか?」


 夜となり、俺と莉子はキッチンで夕飯の準備を始めていた。


 相変わらずエプロン姿の莉子はとても可愛らしいのだが、先日のウナギ毒殺未遂のこともあって、見ているこっちはヒヤヒヤしてしまう。



「任せるにゃ。こう見えても拙は、料理が得意だにゃ」

「頼むから、毒以外で頼むぞ……」


 なんでも薬の調合と料理は似ているから、だそうだ。

 俺は思わず頭を抱えたくなる衝動に駆られるが、グッと堪える。



「にゃんと失礼な奴だにゃ~。御主人様のために丹精込めて作ってあげるというのに、その態度はなんだにゃ!」

「だから不安になってんだよ! そもそも、どうやって作る気なんだ? 材料とかはあるけど、調理器具も出してないじゃないか」

「心配無用、既に準備済みにゃ」


 そう言って莉子がポンと手を叩いた瞬間、俺は絶句した。


 目の前には包丁などの調理道具に加えて、食材まで現れたからだ。まるで手品か魔法のような手際の良さに、俺は思わず冷や汗を流す。


 こいつ、こんなことまでできるのか!? 何なんだよ、この無駄な技術は。


 しかし、莉子はそんな俺の反応を楽しむかのようにクスリと笑みを浮かべると、おもむろに包丁を手に取った。


「さぁ、始めるにゃ」

「……しかもめっちゃ手際良いし」


 まな板の上に出した玉ねぎを、目にもとまらぬ速さでみじん切りにしていく。この様子だと心配する必要はなさそうだ。




「さぁ、召し上がるにゃ」

「……お前、マジでよく分からないところで才能を発揮するよな」


 俺はテーブルの上に並べられた料理の数々に圧倒されていた。


 肉じゃが、味噌汁、ほうれん草のおひたしなどなど、とても美味そうな匂いを放っている。そして、極めつけはメインディッシュであるハンバーグだった。これらは莉子の自信作を用意してくれたらしい。


「……うまっ!」


 莉子が作ったハンバーグを一口食べてみると、思わず声が出てしまった。


 中々どうして、これがまた旨い。丁寧に煮込まれたデミグラスソースもさることながら、ハンバーグを噛む度に肉の旨味がジュワっと溢れてくるのだ。



「ふふん♪ もっと褒めるが良いにゃ。拙が照れるぐらい褒め称えるのにゃ」

「いや、これなら毎日食べたいな。その辺の料理屋より好きかも……」


 別に高尚な舌を持ち合わせているわけじゃないが、味付けはバッチリ俺好みだった。これはもう、お店開けちゃうんじゃないだろうか?


 それにしても、莉子も莉子で嬉しかったのだろう。いつものように茶化してくることなく、終始ご機嫌の様子だった。



「にゃははっ! 拙の手料理を食べられるなんて、御主人様は幸せ者だにゃあ~」

「ああ、本当だよ。しかもこんな可愛い子にご飯を作ってもらえるんだから」


 正直な感想を伝えると、莉子の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。



「にゃにゃ!? そ、そういうことをさらりと言うんじゃないにゃ!」

「ん? 何か問題か?」

「べ、別に何もないにゃ!」

「そうか。それより莉子も食えよ」


 俺は肉じゃがを小皿に取り分けながら、莉子にも食べるよう勧める。


 莉子の顔を見ると、モニョモニョと口を動かしているが……早く食べないと料理が冷めちまうぞ?


 俺は莉子を横目に見ながら、再び箸を動かす――が。



「あ、あれ……?」


 おかしいな、なんだか手が痺れているような。それに目蓋が重たく――。


 不意に莉子と目が合った。彼女はこちらをニコニコと見つめている。何かを言おうとしても口が動かない。


(こい、つ……やりやがったな……)


 もう身体に力が入らない。椅子に座ったまま前のめりになっていく。最後に声にならない声を吐きながら、俺の意識はそこで途絶えた。



「――はっ!?」


 俺はベッドの上で目を覚ました。身体には毛布がかけられている。辺りは薄暗いが、そこは紛れもなく自分の部屋だった。



「夢……じゃないよな。くそっ、莉子の奴め」


 たしかにここは見慣れた自分の部屋だったが、ある違いに気が付いた。自分のいるベッドの上、俺のすぐ隣。こんもりと山になった毛布の中から、誰かの寝息が聞こえてくる。俺はその毛布をそっと剝がしてみる。



「…………」


 すぐに毛布を元に戻した。中に者の正体は言わずもがな、莉子であった。


 しかも彼女はなぜか裸で寝ていた。もう完全にアウトである。俺に過失が無いのは確実だが、何を言い訳にしても取り返しがつかない。



「あぁ~、完全にしてやられた。コイツ、俺との既成事実を作るために一服盛りやがったわ」


 恐らく、あのハンバーグの中に睡眠薬が入っていたのだろう。莉子が中々口を付けなかったのもそれが理由か。


 ――いや、待てよ。仕込まれていたのは、もしかしたら睡眠薬だけじゃないかもしれない。タカヒロに強烈な媚薬を盛ろうとしていたという前科があることだし。



「暴発は……してないか。良かった、さすがに貞操は守ってくれたのか」


 不安になった俺は自分のズボンをさげて、下半身の状況を確認した。幸いにも俺の股間にはノータッチだったようで、特に汚れた様子もない。


 寝ている間に行為をイタしていたら、それこそ目も当てられない。



「にしても既成事実なんて、莉子はなんちゅうことをしてくれたんだ。いくらなんでも、身体を張りすぎだろう」


 別にそこまでしなくたって、家から追い出したりなんかしないのに。


 そりゃたしかに最初は強引だったけど。とはいえ、帰る家がなくなった理由が理由なのだ。俺もそこまで冷たい男じゃない。


 第一、莉子が同居を迫ってきたのには他に理由がある。

 彼女は俺の身を案じて一緒に居ることを選んだのだ。俺を暗殺者の手から守るには、こうして常に傍に居ることが一番だから。


 にしても、不器用っつーか、なんつぅか。

 莉子は決して悪い子ではないのだが、いかんせんやり方が無茶すぎる。そもそも他人であるはずの俺に、そこまで尽くさなくたっていいのに。



「はぁ……まあいいか。とにかくコイツを起こさないようにこの場から離れよう」


 このままの状態は非常に危険だ。裸の女と一緒にいるだなんて、俺のメンタルが持たない。第一、俺にはトワりんという本命がいるのだから、浮気まがいなことは避けておきたい。



「父上……拙を捨てないで……」

「ん、寝言か……?」


 ベッドから出ようとすると、莉子が苦しそうな声で何かを呟いた。どうやら夢の中に父親が出ているようだったが……。


 もう一度毛布の中を覗いてみると、莉子は寝たまま泣いていた。



「独りはもう嫌……もっと修行頑張るから……お願い……捨てないで……置いていかないで……」


 彼女の頬を涙が伝う。

 莉子の声はとても悲痛なもので、聞いているだけで胸が締め付けられた。


 どんな家庭で育ったのかは詳しくは知らないが、莉子の家は伝統的な忍者の家系だったはず。少なくとも一般的な温かな家庭ではなかったのだろう。


 こんな小さな女の子が、今までどんな思いをしてきたのか……想像するだけでも辛い。だけど、それでも俺は―――。



「ごめんな、莉子。俺じゃお前の孤独を救うことは……」


 悔しいが、今の俺はトワりんの無実を証明することで精いっぱいだ。助けるなんて無責任なことは言えない。


 俺は彼女の頭を優しくひと撫でしてから、静かに部屋を後にした。

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