第6話 ワイバーン

 高架に沿って草原を歩くと、時々、神戸側からと大阪側からの列車が高架の上を走るのが見える。


 たまに、高架の向こう側にある道路を、車が猛スピードで通り過ぎる。


 ここがあの賑やかだった日本か――別の世界みたいだ。


 大きな川を越えたから、半分くらい来たかな。


 ここまでに狩った魔物は、ゴブリン6体・狼3体・ウサギ3体。魔物の数が多いのか少ないのかは分からない。


 ゴブリンは魔石を取り出して、忘れずに耳も切り取った。狼は魔石と毛皮、ウサギは魔石・毛皮ともも肉に解体してリュックに入れた。


 この時代のウサギも牙を剥き出して襲い掛かって来たけど、動きがそれほど早くないから問題なく倒せたよ。


 ウサギの肉が手に入ったから、枝を見つけて突き刺し『火魔法』で焼き始めた……しまった、塩を持ってくるのを忘れた。大阪に着いたら調味料を買わないと。


 ◇

 食事を終えて大阪に向かって歩き出すと、遠くで魔物の声がかすかに聞こえた。


『ギャ――! ギャ――!!』


 けたたましい声が段々と近くなって来る。


 声の方を見ると、褐色の大きな翼を広げた魔物が、高架の上を走る列車に突っ込んでいるのが見えた。段々と列車がこっちに来る。


『ギャギャ――!!』


 あれは――ワイバーンか。


 列車の中が丸見えだから、乗客たちが騒いでいるのが見える。


 護衛のハンターか? 車両の屋根のない連結部で、列車の上を旋回するワイバーンに向かって弓や魔法を撃ち始めた。


 弓なんかでAランクのワイバーンを倒せる訳がない。魔法の威力も弱くて、スキルCくらいに見える。


 あぁ、倒さなくても追い払えれば良いのか。だけど、神戸にワイバーンを連れて行かれたらいやだな――あっちには一輝たちがいる。


 倒さないのなら、あのワイバーンもらっても良いかな? ナイフでは無理だけど、MPをケチらずに強めの魔法を撃てば倒せるだろう。


『身体強化B』にして、高架近くまで全力で走る。


 近付いて来た列車が通り過ぎると同時に、ワイバーンに『雷魔法』を撃って『挑発』を入れた。


『グゲッ!? ギャ、ギャ――!!』


「フフ、こっちだ」


 ワイバーンを高架から離す為に草原に向かって全力で走り、振り返ってワイバーンを待ち受ける。僕が小さいからか、ワイバーンが大きく見えるな。


 列車はそのまま通り過ぎて行った。


 ――先ず、狙うのは翼だ。


 タイミングを見計らって、大きな槍のような『火魔法B』をワイバーンの片方の羽に撃ちこんだ。


 ボワッ、シュ――、バァ――ン!


『ギャ――!』


 続けて燃えた羽を狙ってもう1発炎の槍を撃つと、ワイバーンの羽に穴が開いた。


『ギャ、ギャ――!』


 バランスを崩したワイバーンが地面に落ちて来る。


 ドサッー!


 素早く、ワイバーンの胴体を囲むように『土魔法』で大きな岩山を地面に突き刺し、動けないように固定する。


 岩から突き出した首に向けて『風魔法B』を撃った。ワイバーンに止めはさせたけど切り落とせず、2発目でワイバーンの首を落とせた。結構、魔力を使ったな。


「ワイバーンは、肉・爪・皮が売れるはずだけど、解体に時間がかかりそうだな。血抜きもしないと……」


 ここで解体したら日が暮れてしまう。取りあえず、魔石と爪をリュックに入れて、血抜きが終わったら、肉の肩ロース・リブロース・サーロインとヒレの部位を切り取ろう。


『ステーキや焼き肉にするならこの部分が美味しいのよ~』って、『彼女』に教えてもらったんだ。フフ。


 皮も売れるだろうから、残った残骸もリュックに入れておこう。リュックをアイテムバッグ(中)に拡張していて良かった。


 ◇

 大阪の防壁が見えたのは夕方で、結構時間が掛かってしまった。ワイバーンの後にもゴブリンや狼を狩ったからね。


 しかし、大阪の防壁は神戸より高いな。


 壁に大きな穴が開いていて、列車の高架がそこに向かって伸びている。列車はあそこから街に入るのか。


 あれ? 大阪に近付くと、街の中に『彼女』の気配がない。あぁ、もっと東か……大阪で必要なものを買って、更に東へ行かないと。


 普通に大阪の街に入ろうかとも思ったけど、5歳の子供が1人で街の外から歩いて来たら……呼び止められそうだから、神戸を出た時のように、魔法で姿を消して入ることにした。


 ハンターギルドに行って、魔石やワイバーンを換金してもらおうか。


 ギルドの職員に、大阪に来る途中でワイバーンを狩ったと話す……ダメだ、止めておこう。爪だけ出して、途中で拾ったって言ったら……それもダメだな。


 宿代が必要なだけだから、ゴブリンや狼・ウサギの魔石と素材を換金すれば足りるかな。


 ◇

 北門から中に入ると、道の両側には畑が広がっている。


 門の近くに『大阪』と書いた街中の地図があった。


 これを見ると、大阪の街は四角い3重の防壁に囲まれている――外側に防壁を増やしていったんだろうな。


 1番外側の防壁と2つ目の防壁の間は畑みたいで、北側には大きな川が流れている……神戸より広そうだ。


 四角い街の東西南北にある門を、十字に繋ぐ大きな道が書かれていて、街中を走るバスもあるみたいだ。


 大阪のハンターギルドは2つあって、2つ目の防壁の南門と東門の近くにある。ん? 街中にダンジョンがあるのか。


 外側の防壁、東門の北側に『梅田ダンジョンA』と書かれている――聞いたことがあるな。


 ダンジョンは防壁に囲まれていて、その入口は、東門から外に出て壁沿いに北に行った所にある……スタンピードになっても、魔物が直接街に入れない作りになっているのか。


 地図には、南門から出た先に矢印が書いてあって、その先にもダンジョンがある。『難波なんばダンジョンA』……あったかな? 覚えていない。


 それぞれのダンジョンの近くにハンターギルドがあるのか。取りあえず、東門のギルドに向かおう。


 姿を消したまま街の中に向かうと、畑エリアにある川には大きな橋が架かっている。


 川上を見ると、川が流れ込む辺りに柵がしてある――魔物が街に入り込まないようにしているのか。


 2つ目の坊壁を抜けて町に入ると、周りは5階建ての建物ばかりだ。神戸には、4階までの建物しかなかったのに。


 人が多くて、走っている車も多いな。神戸では余り見かけなかった自転車も走っている。ダンジョンが近くに2つもあるからか、ハンターがやたらと目に付く。活気があって賑やかだな。


 ――そろそろ、姿を見せてもいいかな。


 適当な路地で姿を現して東門へと向かうと、2つ目の坊壁近くにハンターギルドの看板が見えて来た。


 僕の世界にある剣や盾を描いた看板ではなく、【大阪東門ハンターギルド】って書いてある。あぁ、こっちの人は、みんな読み書きが出来るんだったな。


 ◇

 ハンターギルドは白い5階建ての建物で、にぎやかな声が聞こえてくる。


 入口に立つと透明の扉が勝手に開いた。これは知っている――センサーが人を感知して……とか聞いたな。センサーが何か分からなかったけど。


 中に入ると、正面に受付カウンター、右手奥に飲食できるフードコーナーがあって、ハンター達が酒を楽しんでいる……何か、懐かしいな。


 僕を見て、頭に「?」マークを浮かべているハンターがいる。うん、子供がギルドをうろつくなんて変だよね……どう見ても、僕は5~6歳にしか見えないからね。


 絡んでくる前に、さっさと買取りカウンターへ行こう。右側が飲食コーナーなら左だよね。


 思った通り、正面の受付カウンターを通り過ぎて左奥に行くと、買取りカウンターがあった。


 まだ少し時間が早いからか、買取りカウンターには誰も並んでいない。窓口は2つあるけど、ベテランそうな職員が1人だけ座っている。


「あの、魔石を買い取って欲しいんだけど」


「えっ……と、君は1人かな? 一般人からも買い取るけど、魔石をどこで手に入れたんだ?」


 買取りカウンターに座っていた50代くらいの男性が不思議そうに僕を見る。


 嘘を言ったらバレそうだけど、本当のことを言っても信じてもらえないだろう……どこまで話そうか、さじ加減が難しいな。

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