第3話 我慢できない

 園長には、まともに相手をしてもらえなかった。


 夕食後、一輝にも「僕には前世の記憶があって、魔法も使えるんだよ」と話したら、


「悠斗、昼寝して夢でも見たのか? 悠斗の夢は楽しそうだな! ハハッ」


 そう言って一輝にも笑われた。5歳児の言うことだから、信じてもらえないのは仕方がないのか。


 街を出るのに最低限必要な物は買いたい。どうやってお金を稼げばいいんだ?


 アルバイトが出来る12歳まで後7年……長い。


「ダメだ。待てない……」


 『彼女』に何かあったらどうするんだ……僕と違って、『彼女』は普通の人間だからね。


「悠斗、どうした?」


「一輝、何でもない……」


 大阪に行く計画を立てよう。今は季節も穏やかやで丁度いいと思う。


 先ずは大阪までの地図の確認と、魔物を調べる……と言っても遊戯室には魔物図鑑しかないんだけどね。


 一輝が、大阪まで列車で1時間掛からないと言っていたから、大阪まで1日で歩ける距離だとする――最低限必要なのは、食料・ナイフ・バッグかな。


 水は魔法で出せるけど、食料は……食堂で栄養サプリメントをもらって、途中で食べられそうな魔物がいたら狩ろう。


 ナイフは、先生が台所で果物を切る時に使っていたナイフ。フルーツナイフとか言うらしい……あれを1本借りよう。今の僕が使うには丁度いいだろう。


 バッグは、僕が赤ちゃんの頃から使っている子供用の紺色のリュック。これを使ってアイテムバッグを作ったんだ。


 少し動けるようになってから、スキル『時空間魔法』のランク上げに、このリュックでアイテムバッグを作ろうと毎晩寝る前に魔力を流していた。『彼女』がやっていたようにね。フフ。


 5歳になった頃、やっとアイテムバッグが出来た。MPが少なかったから時間は掛かるだろうとは思っていたけど、こんなに掛かるとは。


 そして、バッグを『鑑定』してみたら、


【悠斗のリュック:悠斗によって作られたアイテムバッグ(小)。時間停止付き。約バス1台分収納可能】


 時間停止付きは有難いが、容量の表示が馬車じゃなくて「バスって何だ?」と思った。


 その後、一輝が見せてくれた乗り物図鑑にバスの写真があった。バスと書かれている四角い箱型の車を見ると――乗った事があって、あの大きさの容量かと理解した。


 今はこれで十分だけど、魔物を狩るようになったらアイテムバッグ(中)――バス3台分くらいの容量は欲しいと思い、その後も(『時空間魔法』のランク上げも兼ねて)寝る前に魔力を流している。


 そろそろ拡張しても良い頃じゃないかな。


 栄養サプリメント・フルーツナイフ・アイテムバッグのリュック。これがそろえれば、大阪までは行けるよね。その先は食料次第かな。


 着替えも持って行くけど、この前『生活魔法』の上位魔法になる『浄化魔法』が派生したんだ。それで『クリーン』や『ウオッシュ』が使えるようになったから、いつでも清潔に保てる……んっ、眠い……魔力を使い過ぎたな……。


 ◇◇

 翌朝、リュックを背負って食堂へ行った。


 キッチンでトレーに乗せた料理を受け取って、箱から栄養サプリメントを多めに取ってリュックに入れる。


 ――後はナイフ。食後にしようか。


 いつものように一輝の横に座る。


「一輝、おはおう」


「おう、おはよ。悠斗、何でリュックなんて背負っているんだ?」


 肉を口に入れながら、一輝に小さな声で話す。


「一輝、僕は大阪に行く」


「えっ! 悠斗、大阪って……どうやって行くんだ?」


 一輝は驚いた顔をして大きな声を出した。


「一輝、声が大きいよ……歩いて行く」


「悠斗、前にも言っただろ? 町の外には魔物がいるんだぞ。町の外に出たら、子供なんて魔物に襲われて死ぬぞ……」


 普通の子供ならそうなるだろう――普通の子供ならね。


「一輝、僕は魔法を使えるから大丈夫。剣を持ったら強いんだよ」


 ステータスが成人並みに上がったから、使っていないスキルも自動的に上がって、全てのスキルランクが『E』以上になった。


「悠斗……それは夢の中の話だろう?」


「違うよ」


 一輝が信じなくても仕方がない。僕も他の人が……一輝や凛に前世の記憶があると言われても信じないだろう。


 ブウ――――! ブウ――――! 


「「「えっ!?」」」「何の音!?」「ヒッ!」「「わ~ん!」」


 突然、外から大きなサイレンが聞こえて、泣き出した子供もいる。こんなことは初めてだ――園長が食堂に走り込んで来た。


「皆、良く聞け! あのサイレンは、魔物が町の中に入って来たことを知らせる緊急のサイレンだ! お前達、外に出るなよ! 先生と年長組、子供達を食堂に集めて、全ての部屋の窓を閉めて回れ!」


「「「は、はい!」」」


 先生達と、年上の子供達が食堂から慌てて飛び出して行った。


 ――魔物が街の中に……スタンピードか?


「「ええっ! 魔物が!?」」「「大変だ!」」「「キャー!」」


 皆が騒ぎだしたが、園長が的確に指示を出して行き、子供達は食堂に集められる。


 園長が食堂にあるテレビを付けると、緊急速報が流れていた――今日の未明、兵庫県の三田さんだダンジョンでスタンピードが発生。魔物が溢れているので、三田・神戸に住んでいる皆さんは、街の外には出ないようにと注意喚起している。


「三田ダンジョンでスタンピードか……明石や大阪まで影響するかもな」


 神戸にも海側にダンジョンがあって、神戸のハンターギルドが管理しているが、山側の少し離れた三田ダンジョンは神戸の管轄外だと、園長が戻って来た先生と話している。


「三田のダンジョンは山の中にあるから、スタンピードの発生に気付くのが遅れたんだろう」


 スタンピードで溢れた魔物は、ボスタイプの魔物が倒されない限り、興奮したままの状態で人間を狙って移動する。山の中にあるダンジョンがスタンピードになったんなら、被害を受ける範囲が広がるだろう。


 これは魔物を狩れるチャンスだ。この身体がどの程度動けるのか知っておきたい。実際に身体を動かさないと分からないからね。


 先生が全員戻って来ると、園長が戸締りと子供部屋を再度確認すると言って食堂から出て行った……今のうちだ。


「一輝、魔物を狩りに行って来るよ。魔石が出たら売れるだろう?」


「えっ、悠斗、危ないぞ! 園長に出るなって言われたじゃないか!」


 久しぶりに狩りがしたいんだ。ナイフを取りに台所に行くと一輝がついてくる。


「一輝、僕は強いって言っただろう?」


「悠斗、まだ言っているのか!?」


 フルーツナイフを隠して、先生にトイレに行くと言って食堂から出ると、一輝が僕に付き添うと言って一緒に付いて来る。


 園長は4階から見回っているだろう。見つからないように、静かに玄関から出よう。


 一輝が、僕だけを外には行かせられないと、靴を履きながら玄関に置いてある野球のバットをつかんだ。


 バットは、野球と言う遊びで使う木の棒なんだけど……まあ、素手よりマシか。

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