第2話 あっちの方向

 『日本』……『彼女』の魂は元の世界に戻ったのか。


 どうりで周りは黒髪黒目ばかりで、靴も履いていないのか――確か『日本』では、宿は別だけど家に入る時は玄関で靴を脱ぐんだったよね。


 窓から見える風景で、ここは知らない国だと思っていたけど、僕が住んでいた世界じゃなく『日本』だったのか。


 でも……昔、1度だけ『日本』に来た事があるけど、記憶にある『日本』と全く違う。『日本』には高層の建物が沢山あったのに、ここは4階建ての四角い建物ばかりだ。


 だけど孤児院の庭にある木――この前まで咲いていたピンク色の花が咲く木は知っている。春に咲くんだと聞いた記憶がある。名前は覚えていなかったけど、先生がサクラだと言っていたな。


 これは……こちらの世界のことを知らないと動けないな。


 遊戯ゆうぎ室と呼ばれる部屋へ行き、本棚から適当に本を取って見ると……見たことある文字だけど全く分からないな。


 そう思った直後に『鑑定』スキルが発動して、文字の上に僕の世界の言葉が浮かんで来た――あぁ、前の時もそうだったな。


 先ずは、この街と辺りの地図が書いてある本を探そう。


「悠斗、本はまだ読めないでしょう? 私が絵本を読んであげるね~」


 僕が保育室のベッドにいる時に、赤ちゃんを見に来ていた世話好きの女の子。今でも保育室に行って先生の手伝いをしている。名前はりんと言って5つ年上の10歳で、僕を弟のように可愛がってくれるんだが、絵本は遠慮したい。


「悠斗は絵本より乗り物図鑑の方が好きだぞ」

「それは、一輝かずきがでしょう?」


 もう1人の、世話好きの一輝が乗り物図鑑を見せてくれた。彼もりんと同じ10歳だ。


 ああ、日本の乗り物は好きだよ。あの時――初めて飛行機に乗った時は興奮したな。飛行機は、鳥みたいに雲の上を飛んで多くの人を一度に運んだ。魔石や魔法を使わないで……フフ、凄かったよ。


「悠斗、飛行機はな、魔石と太陽光で飛ぶんだぞ! 列車や車もだ!」


「そうなんだ」


 あの時、飛行機は何かの燃料で飛んでいると教えてもらったな。


 一輝が、昔、電気やガス・石油と呼ばれていたエネルギーの代わりに、今は魔石と太陽光を使うんだと教えてくれた。


 だから、ほとんどの建物の屋上には、太陽光をエネルギーに変えるソーラーパネルと言うものが付いているそうだ。


「一輝は、難しいことを知っているんだな」


「ハハ、悠斗、先生に教えてもらったんだ」


 窓から見える建物が4階建てなのは、全ての建物に太陽光が行き渡るように高さ制限があるそうだ。なるほどね、高い建物があると影になる場所が出来てしまうからか。


「悠斗、魔石は魔物を倒して手に入れるんだけど、ランクの高い魔石ほど高く売れるんだ。だから、俺はハンターになるんだ!」


「ん、ハンターって何?」


 一輝に聞くと、街の外やダンジョンで魔物を狩って、その魔物から取れた素材や魔石を売る仕事だと言う――冒険者だな。


 あれ? 前に来た時は、冒険者のことを『ダイバー』って呼んでいたけど、この時代は『ハンター』なんだ――あぁ、魔物がダンジョンの外に溢れたからか。


「一輝、何も分からない悠斗にハンターをすすめたらダメじゃない! 悠斗、ハンターは危ないのよ。ケガもするし死んじゃうこともあるんだよ……」


 凛が心配そうに言うけど、ハンターほど僕に向いた仕事はないだろう。前世は冒険者だったからね。


「凛、確かに危ないけど、ハンターが1番稼げるんだぞ。俺が先にハンターになるから、悠斗が大きくなってハンターになりたかったら俺が教えてやるからな!」


 一輝に、ハンターになるにはどうすれば良いのか聞くと、ハンターギルドでハンターの登録が出来るのは15歳からだと言う。


 驚いたのは、凛がこの国の成人は18歳だと言うんだ。前世での成人は15歳だったけど、12歳でギルド登録が出来たのにね。


 向こうの世界だったら直ぐにでも孤児院を出て『彼女』を探しに行くんだけど、こっちの世界・日本のルールが分からない。


 旅に出るにしても武器や食料が必要になるし、こっちの貨幣を稼いでおかないとね。


「ねえ、子供がお金を稼ぐにはどうすれば良い?」


「悠斗は、まだ働けないわよ」

「悠斗、12歳になったら孤児のアルバイトが出来るぞ」


 アルバイトは何かと聞いたら、未成年の学生などが短い時間で働く仕事らしい。


 孤児は成人したら施設から出ないといけないらしく、12歳になったらアルバイトをしてお金を貯めるそうだ。


「孤児は12歳になったら、ハンターギルドで仮ハンター登録ができるんだ」

「うん。孤児用のアルバイトの依頼を受けられるのよ、悠斗」


「12歳……あと7年も待てないよ」


 5年も我慢したんだよ――早く逢いに行きたい。


「ハハ、待てないって、悠斗は面白いことを言うな。7歳になったら悠斗も学校に行くんだぞ」

「そうよ、悠斗も学校に行って勉強しないとね」


「えっ、学校? 孤児の僕でも行けるの?」


 この国には義務教育というのがあって、7歳から小学校とやらに6年間、その後、中学校に3年間行くらしい。


 今日は土曜日で学校が休みらしいけど、一輝と凛も平日の昼間は小学校に行っているそうだ。


 無料でこの世界のことを学べるのは有難いな。


 有料の高等学校もあって、専門の仕事をしたい子供が行くらしい。ハンター専門の学校もあると言うけど何を教えるんだろう?


「ねえ、あっちの方角に街はあるかな?」


『彼女』を感じる方を指差す……向こうに行きたい。


「う~ん、悠斗が指を差している方向は……東門がある方ね。一輝、あっちは大阪とか京都だよね?」


 凛がその方向を見ながら一輝に確認している。


「そうだな……」


 一輝は本棚にある日本の地図の本を持って来て「ここが神戸だぞ」と教えてくれた。ここから東にある1番近い街は大阪か……先ずは大阪を目指そうか。


「一輝、大阪に行くにはどうすればいい?」


「悠斗、何で大阪に行きたいんだ?」


「それは言えない」


 大切な人がいるから探しに行きたいって言っても信じないだろう? 大阪にいるとは確信が持てないけど、方角はあっちなんだ。


「そうか……悠斗は、大阪に行く為にお金を稼ぎたいのか?」


 一輝に「そうだよ」と頷く。


「悠斗って、5歳に思えないわよね~」


 一輝と凛が少し呆れたように僕を見て、ここから大阪に行くには車か列車で移動できると教えてくれた。


 凛が、車の免許は18歳から取れるよと言うけど――18歳なんて却下だ。


 そうなると列車だけど、一輝が言うには乗車チケットが高いらしい――お金がないから無理だね。


「……歩いて行くよ」


「悠斗、歩いては無理だからな!」

「そうよ! 魔物が出るんだからね!」


 強い魔物でなければ倒せると思うけど、話がややこしくなりそうだから「そうなんだ。わかった」と返した。


 一輝が「列車で神戸――大阪なら、1時間も掛からない」と教えてくれた。列車で1時間程度なら、『身体強化』を掛けたら歩いても半日くらいだろう。


 地図を見ると、列車が走る高架の横に道が書いてある。一本道みたいだから迷うことはなさそうだ。


 大阪に行くために出来ること……先ずは、孤児院の園長に相談してみようか。


 ◇

 昼食が終わって直ぐ、食堂にいる園長を捕まえて相談があると言ったら、その場で聞いてくれた。


「ん、どうした悠斗、何か困ったことがあるのか? 聞いてやるぞ」


「園長、なるべく早く大阪に行きたいんだ。だから……」


 旅費を稼ぎたいと言おうしたら、園長が驚いた顔をして僕の話をさえぎった。


「うん!? 悠斗、なぜ大阪に行きたいんだ? 早くって、成人してからでいいだろう?」


 ……正直に話してみよう。


「僕には前世の記憶があって、逢いたい人がいるんです」


「何……ブハッ、悠斗、夢でも見たのか?」


 大笑いされて本気にされなかった。まあ、普通そうだろうな。


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