第18話
「それで、結局、
至極当然の疑問である。
寝台の上で、一度大きく息を吐く。
それから、僕は
「馬です」
「馬」
スケッチブックのページを手繰りながら、風子先生は言った。あごに人差し指を当て、窓外に目を遣る。
「遠野物語にあったね」
「はい。でも、瀬音が嫁いだのは、二代目の神ですからお話が少し違います」
「二代目?」
眉をひそめる風子先生。
「これは母から聞いたのですが、そもそも神社に生きた馬を奉納するというのは、ままあったことだそうで」
「そうね。その名残が絵馬なのでしょう」
僕は頷く。
「絵の通り、瀬音の花婿は白馬です。これも母から聞いたのですが、白い動物というのは神様の使いでもあるそうですね。高貴であることは間違いありません。ん」
そこで僕は言葉を飲み込む。
「まあ、神様の跡目を継ぐには十分な資格があったということかしらね」
「でも、馬です」
「馬ね」
風子先生は、絵を見ながら頷く。
「そこで、瀬音です」
僕は人差し指を立てる。
「何かの事情があって、先代の神様は奉納されてきた神馬に自分の後釜を継がせようと思い立った。しかし、馬では人間の世界のことがよく理解できないだろう。そこで、瀬音です」
言い切って、風子先生の様子を窺う。
「あの子は、四歳で亡くなりました。先代の神様は、それで十分だとお考えになったのかしら」
「いいえ」
首を振る。
「そういうことならと、瀬音は人間についての勉強を続けました。具体的に言うと、普通の生活を続けたのです。確かに今の風子先生には、和泉先生には、和泉先生の言動が狂っているように感じるかもしれません。しかし、一方の世界ではそれが真実でもあったのです」
息を飲んだ風子先生が、短く息を吐き出す。
「つまり、狂っていたのは、私の方だと言いたい訳ね」
「そうじゃないよ」
思わず風子先生にすがりつく。
「ホントウのコトはいくつも同時に在るんだ。和泉先生のが絶対的に正しくて、風子先生のが間違っているとか、そういうことではありません」
じっと見つめる。
「うん、うん」
何度も頷く風子先生。そうやって、「ホントウ」のコトを飲み込んでいるのだろう。
ふう。
僕は大きく息を吐き出した。
そして、風子先生を見つめる。
「だから、そういう考え方はよしましょう。僕は、確かに瀬音の結婚式に呼ばれました。そもそも何の関係もないのにです。和泉先生は、父親ですからね。招待されるのは当然です。瀬音が大好きなパパです。だったら、僕は?」
困惑した風子先生は、目をそらす。
「僕は、画家でした」
「うん」
頷く風子先生。
目をつむった拍子に、涙が一条流れ落ちる。スケッチブックをめくる手は震えている。
「生前の瀬音は、いえ、生まれる前から瀬音はあなたに嫌われていた。家族の中で、あなただけが除け者だったからでしょう。それでも、瀬音は気にも留めなかった。部外者の僕が言うのもなんですが、酷い娘ですよね。だからと言って、それは、母を愛していないことには繋がりません。ただ父と娘の愛情が異常に濃やかだっただけです。あなたも瀬音も人並みの母と娘ではあったんですよ。ただ見えにくかっただけで。だから、僕は瀬音の絵を描きました」
もう説得の言葉は必要ないだろう。
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