第16話

「私だって、嫌だよ。頭おかしいって、正直、思うよ。こんなただのぬいぐるみなのに、血の染みたバンダナ巻いて、それで瀬音せのんだなんて。毎日、毎日、これとランドセル持って、ナースステーション行くんだよ。馬鹿だよ。異常だよ。それでも、皆つきあう。つきあうしかない。どんなに異常に見えたって、腕は確かだもの。最高の外科医なの。精也せいやくんを待っている患者さんがいるの。だったら、ねえ。私のすることなんて、決まっているじゃない」

「違う。違います」

 言ってしまってから、気づいた。風子かこ先生にとっては、幼くして亡くなってしまった瀬音が真実である。神の術が適用されるのは、死にかけたかすでに亡くなってしまった者だけだ。風子先生は、あてはまらないのだ。

「瀬音、結婚するんですよ」

 どうにか、声を絞り出す。叫び出したくなるのを必死にこらえる。風子先生は、きっと怒るだろう。瀬音の姿は、風子先生に似ている。だから、顔は見たくない。顔をそらし、どうにか手で伝える。怒らないで話を聞いてくださいと。

「僕が、どうにかします。だから、きっと風子先生にも見えるようにします。だから、だから」

 もう限界だった。涙が溢れて、止まらない。風子先生は、僕の手を取った。

「ごめんね。実範みのりくん。私は、あなたや精也くんの世界を否定したいわけではないの。そうだよね。精也くんだって、子供の頃、まわりが知らず知らずのうちに彼の世界を否定してしまっていたんだと思う。だから、病気になった。病気にさせてしまった。それなのに、精也くんは、医者になったよ。実範くんや、病気の人をたくさん助けてきたの。すごいよね。だから、これは私からのお願いです」

 おそるおそる顔を上げる。風子先生は、優しく微笑む。

「私に教えてください。あなたたちの世界で、瀬音はどうしていますか。事故に巻き込まれて、その後、精也くんは手術に成功しましたか。ねえ、瀬音。あなた、精也くんが大好きなのでしょう。どうしてそんなに小さいのにお嫁さんになるの。それも、全部、精也くんのためなのかな」

 風子先生の頬を涙が伝う。

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