第15話
「免疫って、知っているかな」
白くて小さな部屋には、
「細菌やウイルスをやっつけるもの、ですか」「大体、そんな感じ」
風子先生の口角が上がる。でも、目は笑っていない。
「免疫の病気だったんですか」「そう」ほうと、息がもれる。それまで、溜息 が収まっていたところ。胸の上に、手を置く。よどみなく動く僕の心臓。
「和泉先生は、どこが悪かったんですか」「全身」
想像しようと試みて、時が止まる。今までの闘病生活がフラッシュバックして、和泉先生のいつもの困った顔が浮かんですぐに消えた。
「想像も、できなかった」
眉根を寄せる。
「自己免疫疾患といってね、免疫が自分の身体を攻撃してしまうの。それは、生易しいものではないよね。命を絶ってしまったほうが楽なんではないかって、見てるこっちが思ってしまうほどだった」
唾を飲み込む。和泉先生は、以前、何気なく自身の闘病の話をしてくれた。本当は思い出すのも、嫌だったに違いない。
「そもそもの原因はストレス。そのせいで、
「そんなこと」自然と、頬を涙が伝う。でも、と口を真一文字にする。「
風子先生は、哀しげな目をして頷く。
「そんなだから、精也くんはずっと入退院を繰り返していたらしいよ。もちろん、自己免疫疾患でね。そして、高校一年生の夏。ついに、精也くんの精神が耐えきれなくなってしまった」
語る風子先生の顔は真白で、愛する人の苦しみをそのまま引き受けているようだった。
「でもね、精也くんにとっては、すごく良いことだったの。だってね、その時、初めて、瀬音という女の子と逢えたって、その子のために医者になるんだって言って」
僕には、解る。和泉先生の親だったり、風子先生だったり、ましてや主治医にとっては、ただの妄想だった。それでも、瀬音は、確かに逢いに来たのだ。愛する父親を救うために。
「精也くんの意識が戻って、夢の中の話を聞いた精神科の先生は私に言ったよ。彼を愛しているのなら、君が産んであげなさい。彼の言う女の子を産んであげなさいとね」
もちろん、女の子が生まれるとは限らない。男の子ばかりが生まれて、自分の医師としての人生を棒に振ってしまうかもしれない。何よりも怖いことは、生まれてきた瀬音に和泉先生をとられてしまうこと。瀬音は、悪女だ。そう言われたことがあると、瀬音は言っていた。それは、決して冗談ではなく、風子先生の本心からの叫びだったのだ。
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