第13話

「ちょっと待って」

「どうした、青谷実範あおたにみのり

 話の腰を折られ、明らかに不快そうな顔をする。いやいや、つっこみたいのは、こちらの方ですから。

「名前、覚えていてくれたのですね」

 ひきつった笑みを見せる。御師おしは、動じない。

「こちらも少年、あちらも少年、そちらも少年と呼んでいては、誰が誰だか訳が解らなくなってしまうからな。当然のことだ」

「はあ、そういうものですか」

 溜息を吐く。

「どうしても、名前を呼ばれたくなければ、考えないでもないがな」「え」

「あっ、解った。坊主ですね」

 和泉いずみ先生が、嬉々として語る。

「そのとおり」

 満足げに頷く。

「坊主は嫌だなあ」

 僕の本名を呼ばない瀬音せのんを思い出す。回路が繋がる。

「あなたが鍵を開ける時だ」

「は?」

 大人の男に、凄まれる。反射的、子供は卑屈になる。

「ああ、白い物を見たとおっしゃっていましたっけ。ええと、つまりは、白い狐を見たということでよろしいんですよね?」

「よろしくない。誰が、狐を見たと言った。白は、僕の愛する色だぞ。それがどうして、憎き狐とそれ以外の白を見分けられないなどと馬鹿を言う」

 論点がずれている。そういう僕も、話を聞いた時点では、和泉先生と同じことを思っていた。

「違いますよ。和泉先生。確かに、こちらの元お医者さんは、白い物を目撃した。でも、それは狐ではない」

「ううん?」

 和泉先生が、唸る。

「ああ、そうか。それなら、一度、姿を消したことが繋がらない」

 そうなのだ。御師と狐では、狐の方が上。それなら、わざわざ隠れてあとをつける必然性が見つからない。

「だったら、私が目撃した白い物とは何だ」

 再び、凄まれる。今度は、視線をそらさない。

「だから、狐以外の何かですよ」

「神ですよ」

 和泉先生は、断言した。

「それが狐でないのならば、きっと神なのでしょう」

「そうだな。間違いあるまい」

 あっさりと認める。

「神には結婚の必要があって、神使の狐が良さそうな相手を見つけた。当然、報告する。神は実際に嫁候補の前まで赴いた。自然な流れです」

「和泉先生、よく落ち着いていられますね」

 僕は、むっとした。

 和泉先生は、気の抜けた笑い方をした。

「嫌ね。解ってしまったんだよ。瀬音も、きっと一目惚れしたんだ」

 へらへら笑う和泉先生は、いかにも寂しそうだ。奥歯を噛み締め、顔をそむけた。






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