第12話

「話を戻そう。君の髪の毛が指し示すとおりならば、君はこんなにも早く亡くなるわけがないんだ。だから、 まだ君は常人以上の徳を持ち合わせているはずだ」

瀬音せのん、何が嬉しいの?」

 急に、木々がざわめく。

「矮小なる人間にとって最も名誉なこと。それは、神への嫁入りだと聞く」

「狐さん?」

 朱色の鳥居の下、白い狐が一匹。神の眷属だ。

「馬鹿な。こんな幼子を嫁入りさせるだなんて聞いたこともない。人身御供に選ばれるような娘は、相応の年頃のはずだ」

 狐が、鼻で笑う。

「これだから、御師おしは物を知らない」

「一体、何の話をしている」

 相手にせず、狐は階段を下りていった。息を整えてから、瀬音に向き直る。

「場所を変えよう」

 山一つを飲み込む朱色の回廊。鳥居の列から外れる。

 参道は、神の通り道。

 言い換えてしまえば、たとえ境内であったとしても参道以外は関知できない。だから、平気で別の系統の術も使える。さっさと狐面を外す。

 系統というのは、各々の神の眷属の違いによる。日本の神は八百万というくらいだから、当然、仲の悪い者同士もいる。そういった場合、相手方由来のものを使うのを嫌う。使えないわけではない。

 実際、御師は他の御師と結束するのが常だ。それは、己の身を守るためである。

 というのも、御師も元はただの人間である。他の亡者との区別は、せいぜい御師面くらいのものだ。これは、マーカーのような役割を果たしている。人間が動物の顔を見分けられないように、神も人間の顔を区別することが難しい。そして、ただのマーカーではあっても、やはり、神聖なものではある。こうして眷属には遠く及ばない程度の術が使えるようになる。

 そこで、下法。本来の系統から外れるため、御師の間ではそう呼ばれる。

 隠した鍵を取り出そうとした時、物音に振り向く。何か白い物が見えたような気がした。まさか狐だろうか。

「どうしたの」

「いや」

 頭を振り、扉を開ける。

 隠れ家の名は幸福屋。木造の建物で、商店を装っている。

「わあ、面白い物がたくさん。見てもいい?」

「ああ、かまわない」

 瀬音は、店先に置かれた品々に夢中である。奥の部屋に入る。棚から、目的の物を取り出す。和紙がとじられている。

「おいで」

 瀬音が近寄り、首を傾げる。

「何かしら、これ」

「これに、君が父親に会える日が書いてある」

「えっ」

 正確には違うのだが、説明が面倒だった。

「筆を持って、目を閉じて」

「うん」

 頷き、そのとおりにする。

 瀬音の膝の上、自然とページは開く。筆が文字を紡ぐ。

 そこには、瀬音の父である和泉精也いずみせいやの病状が事細かく記される。何故、病状なのか。その解は、僕が医師だったからである。この術は、御師の生前に依るらしい。帳面に、都合のよい箇所を見つける。

「会える」

 僕は、言った。





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