第11話
救急車専用の入り口には、両親が揃っていた。ふたりして、ひどい顔をして娘の名前を連呼している。あのような顔をしている両親は初めてで、どれだけ自分がひどいことをしてしまったのかが嫌でも理解できた。何を言っているのかは、よく聞き取れなかったけれどなんとなくは見当がついた。パパが瀬音を助けるよ。そうじゃなきゃ、医者になった意味がないもんな。瀬音、元気になったらみんなで一緒に遊ぼう。きっと、そんなことを何度も何度も言ってくれたのだ。
パパはすごいお医者さんなんだ。だから、瀬音の頭がぐちゃぐちゃになってしまったって、きっと元気な女の子に戻してくれるんだよ。確かに、そう信じているのに、涙が止まらないのは何故だろう。冷たいはずの手術するところが冷たくないんだよ。だんだん、瀬音が手術するところみたいに冷たくなっていっちゃうんだよ。やだなあ、こわいなあ。死ぬのは、いやだなあ。どうして、瀬音はパパが大好きなのにパパを残していかなきゃだめなのかなあ。だんだん、ぷちんぷちんといろんなところがだめになっていくのがわかる。瀬音の頭を治していたはずのパパが手術の道具を置いてしまった。パパが瀬音の手を握る。やっぱり、パパの声は聞こえないけどなんて言ってくれたかはちゃんとわかったよ。だって、瀬音はパパが大好きだもの。
「瀬音、ごめんね。助けてあげられなくて。瀬音、ありがとう。生まれてきてくれてありがとう」
だから、瀬音はパパが大好きなんだ。パパのおかげで、死んでしまうとき怖くなかったよ。ありがとう、ありがとう、ありがとう。瀬音はパパの子供でとても嬉しかったよ。
「パパに、ありがとうって言いたいなあ。ママにも産んでくれてありがとうって言いたいなあ」
病院に着いたときには、もう話すことができなかった。
「だって、瀬音はパパの言ったこと全部解ったけれど、瀬音は言えなかったもん。どうしたらいいかなあ。わからないなあ」
境内の階段に腰掛けていた瀬音は、膝に頭をつけて泣き始める。瀬音の泣き声につられるようにして、冷たい風がひゅうひゅうと吹く。聞いたことのある足音がして、瀬音の目の前で止まった。
「父親に会いたいのか?」
「会いたいよ」
顔を上げず、言った。男は、瀬音の足元にぽたぽたと落ちる水玉模様を見た。随分、居心地の悪いものだと思った。幼子が声も上げずに、泣くものではないと思う。男はズボンのベルト通しにひっかけておいた狐の面を取り眺める。狐面を被り、瀬音の前に目線を合わせるようにしゃがむ。
「右手を差し出せ」
瀬音と男がてのひらを合わせると、まばゆい光がふたりを包む。忌々しい傷跡が消え、ワンピースからも血のシミが消えた。そのことに気づいた瀬音が立ち上がり、その場をくるくると回ってみせる。ふわふわした柔らかそうな短い髪の毛とワンピースの裾が宙を舞う。
「瀬音、生きているみたい」
立ち上がった男が、瀬音の頭に手を置く。
「君は随分と徳が高いようだ」
「とく? 嬉しいってこと?」
男が笑い声を洩らす。
「そうだよ。君にとっては、とても嬉しいことだ。いいことを教えてあげよう。君のように髪の毛がふわふわしているのは、神様からとても愛されている証拠なのだ」
そう言われた瀬音は、本当に嬉しくなって得意になる。
「パパはね、髪の毛がまっすぐだけど、瀬音の髪の毛好きだよって言ってくれた。だから、お姉さんになって、ひとりで頭を洗えるようになったら今よりももっと髪の毛伸ばすんだよ」
自分で言ってしまってから気づいたのか、瀬音が急に静かになる。
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