第10話
目覚めた
パパはどこにいるの。パパに会いたい。
ひとりぼっちの不安から、自分で自分の服を掴む。大好きな紫色を見れば、多少は落ち着くはずだろう。そのはずだった。感触がおかしい。その小さなてのひらを恐る恐る開くと、真っ赤な鮮血が張りついていた。
瀬音は、死んでしまった。大好きなパパを残して、先に死んでしまった。
瞬間、死の直前の痛みが全身を襲う。痛い、痛い。頭が痛い。どうして、死んでしまってからも、こんなに苦しまなくてはならないのだろう。それは、瀬音がこの世でいちばんしてはいけないことをしてしまったからだ。だから、ずっとずっと苦しまなくてはならないのだ。白い頬を赤い涙が伝う。痛みに耐え兼ねて、瀬音はその場に崩れ落ちる。
どのくらい経っただろうか。痛みで気を失い、痛みで気づき、また、気を失う。そんなことを気が遠くなるほど繰り返してきた。全身の血なんて、とっくの昔に全て出きってしまっただろう。しばらく、自分の身体から溢れ出す血の音しか聞かなかった。だから、ほんの些細な音にも敏感になっていた。違う音がして、朦朧とする意識の中、やっとのことで重いまぶたを開く。霞む視界に映ったのは、男の人の足だった。
「パパ?」
パパが迎えに来てくれたのだ。そう思って、必死に体を起こそうとするが、失敗して体を地面に打ち付けてしまう。男の人はしゃがみ、瀬音の背中にその冷たい手を回し込む。
「ごめんね。僕は君の父親ではないよ」
なんだ、と溜息を吐く。と思うと、手首に違和感を持つ。父親から貰った大切なバンダナを外そうとしているのだ。信じられない、私を抱くこの男は泥棒だ。父親と自分の絆を裂こうとする悪者だ。気力だなんて残っているはずもなかったのに、一気に怒りに心が満たされる。目を見開き、大切なバンダナを奪った男の手に、渾身の力で自分の爪を食い込ませる。爪がはがれてしまっても構わないと思った。
「痛」
男は声を洩らしたが、バンダナを離そうとはしなかった。瀬音の爪と男の肌の隙間を満たしたのは、白い液体だった。この人は人間ではないのだろうか、と不審に思った。しかし、確かにダメージは与えられたようで、男は顔を苦痛にゆがめている。そうしながらも、膝の上に瀬音を寝かせ、綺麗に畳み込まれたバンダナを広げていく。広がったバンダナが不吉な布団を思い出させ、顔をしかめてしまう。男は割れてしまった頭に、静かにバンダナをかける。それは、居眠りをしてしまったときに、母がかけてくれる優しさに似ていた。生きるために必要なはずの空気に触れるだけで、鈍器で殴られるような痛みがあった。そんなことあるはずはないのに、傷が塞がっていくような気がする。大好きな父に抱かれているような幸福感に包まれる。安心が身体を満たしていく。
やっぱり、帰りたいなあ。
瀬音は、きらきらとした透明な涙を流した。痛みは止んでも、きっとそれだけは叶わない夢だろうからと。
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