第3話
「今日はママの話をしようと思ってきたの」
今日の
「ママは瀬音にね…」「そっくりなんだろ」言い切る前に先を言う。「ていうか、逆だから。
瀬音がむくれる。
「せいやくん、何で解ったの?」
瀬音がバタバタさせている足をうるさいと制止してから説明した。
「僕は、和泉と和泉の父親を知っている。そう、本家『
「すごーい、せいやくん、名探偵さんだね!」
大きな声と純粋な驚きと尊敬に満ちた瞳、いつまでも続くぱちぱちという可愛らしい拍手、ほころぶ口元。結果、僕は布団の中に隠れる。
「なんで、なんで褒めたのにかくれんぼするの?」
瀬音が布団をひきはがそうと、精一杯揺らしてくる。
「悪女だ。和泉瀬音は、とんでもない悪女だ」本気で思った。
僕の心からのひとりごとをキャッチした瀬音は諦め、素直にすとんと椅子に戻る。
「なんでだろう。それ、よく言われる。特に、ママ。それから、クラスの女の子に、周りの大人たち…」
「あー、まあ、そんなに落ち込むなよ」起き上がって、諭す。「それに、どちらかと言えば落ち込みたいのは僕のほうなわけだし…」その落差の激しさに本音をこぼす。
「それ、瀬音のせい?」
立ち上がり、両手を僕の手の上に重ねる。
「本当、ずるいね。和泉は」苦笑して、空いているほうの手を和泉の頭に置く。
やはり、生々しい傷跡は昨日と変わらずあった。傷跡越しに感じ取ったのだろうか。瀬音は口を開いた。
「人生は、人の生き死にだよ」
そのとおりだと頷き、頭から手を離す。瀬音がベッドに腰掛ける。
「僕も、ずるいことを言うよ」涙声に、あごを引いて答える。「和泉瀬音は、無神経な女だ。偶然、自分の父親の患者で、自分と同い年だって共通項しかないはずなのに、平気で昔からの知り合いみたいな顔をする。しかも、最悪なことには勝手にずかずかと入り込んできたのが、病室だけならまだしも僕が必死に見ないふりしてきた部分だった。僕は、和泉が死にそうだった話なんか聞きたくなかったのに」
そこまでなんとか言い切って、両手でぐしゃぐしゃになった顔を覆う。
「ごめんね。瀬音が無神経なのは、きっとママゆずりなんだよ」
瀬音はベッドから降り、窓を開け放つ。
「瀬音のパパとママが初めて会ったのは、この病院だった。パパは中学生で、ママは医学生になったばかり。パパは入院していて、本当は面会謝絶だったのに、ママは毎日のようにパパの病室に忍び込んで、自分の先生にも叱られたんだって」
そこで、瀬音が笑い声を洩らす。笑いが止まらない。肩で笑っていたのをどうにか落ち着け、振り向く。
「だからね、瀬音もそういうのに憧れてたんだ」瀬音が右手を差し出す。「これからも会いにくるのを許してくれるなら、『この無神経女!』って罵ってくれてかまわないよ」
深々と頭を垂れる。瀬音はやはり、「この無神経女」言い切る前にくしゃみをする。「ていうか、もういい。寒いから、窓閉めろ!」
幸福に満ちた笑い声を響かせて、握手の代わりに軽い音を立てて、窓を閉めた。
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