Episode 19 氷が溶けるとき
ゆっちゃんが「自立」した一方で、今度は、まゆの心配をしなければなりませんでした。
高校1年生の時には生徒会、2年生で副会長になった途端、後輩から嫌がらせや、経費に自分のお金を出さないといけなくなるようなことが起きて、
「無理。こんなんじゃ、副会長なんて無理」
って泣いて帰ってきて、それを学校に言ったら大騒ぎに。結局、私も出ていって、先生と話し合い、最終的に副会長は退任しました。
2年生後半には、友達が妊娠してることを黙って修学旅行に行って、行った先で調子が悪くなって、でも、まゆしか事情を知らないから、その子が誰にも絶対に言わないでって言うし、彼女が調子悪いのわかってて先生も助けてくれなくて、板挟みになって、夜中2時過ぎて泣きながら電話してきて……。
その直後から、まゆは学校に行けなくなって、児童相談所に相談しに行きました。そこから、担任すっとばして学年主任の先生に相談して、事を一任したのですが、すっとばされた人は面白くないので、今度は私が呼び出しを食らう。じゃあ彼女が体調悪い時点で養護教諭を何で置いて行かなかったのか、副担任が酷い言葉を浴びせないといけなかったのか、みたいなことで散々担任の先生を責めて叱り飛ばしたのを覚えています。
こんな感じで、高校生の時は、学校との戦いがメイン。
専門学校の時は、外見だけめちゃめちゃいい彼氏ができたな、と思ったら、こいつがもう最低で。気がついたら娘が水商売めいたところでバイトさせられてて、たまたま夫がツイッターに上げてるの見つけて説教。その後、そいつはヒモと化し、それなのに娘は別れないとの一点張り。蓋を開けてみれば、彼氏には本命がおりました。
もー、「お前、殺す」の世界。
それでも2年生以降は落ち着いて、卒業後は旭川の方で、なんとかやっております。
まゆだけに向き合い、彼女を必死で守った数年間、その辺りから、まゆの中で、私やゆっちゃんへの気持ちが何か変わっていったのかなと思ったりします。
3年ほど前に、私の実父が亡くなりました。77歳でした。父は心臓に大きな障害を抱えていて、若い時から、いつ死んでもおかしくない体でした。
ですから、77歳まで生きたことは、奇跡に近いと主治医の先生にも言われたくらいです。みんな、
「お父さん、お疲れさま。お母さんも、ご苦労さまでした」
という気持ちで集まった葬儀でした。
私も娘たちを連れて葬儀に参加しました。
私はゆっちゃんを連れて、まゆと羽田集合です。ゆっちゃんが、まゆと7年ぶりに会えたことが嬉しくて嬉しくて踊るように喜ぶ様を見て、まゆが大笑いしながら、
「喜び過ぎ、喜び過ぎだから」
と、空港の椅子に座らせておりました。
ゆっちゃんは、純粋に、まゆのことが大好きなのに、まゆは、ゆっちゃんのことをことごとく避けていましたからね。
7年もの月日を経て、まゆの心の中の氷が少しずつ溶けたと同時に、彼女自身が大人になったということなのでしょう。姉のストレートな愛情に、笑って応えられるようになっていたのですから。
葬儀の前の準備の時に、私が自分の準備で忙しくしている間、まゆが、
「ねえ、ゆっちゃんも化粧する?」
と言ってくるので、任せました。
「ほら、ゆっちゃん、じっとして。アイライン入れるよ。ほら目、こっち」
「はい」
「いや、そうじゃなくて、こう、ん、ってして」
「ん」
「言ってるだけじゃん。やめる?」
「する」
「するんだ。じゃあ、ん」
「ん」
「だからぁ」
大笑いするまゆ。つられて笑うゆっちゃん。進まない化粧(笑)。
そんな楽しそうな会話を背中越しに聞きながら、準備をしました。ふたりとも本当は仲がいいんだよ。ね。
翌朝、泊まったホテルの朝食バイキング。食後にフルーツを取ってくるといって席を立ったまゆの方を、じっと見ているゆっちゃん。
「ほら、ゆっちゃんも行って、まゆに取ってもらってきなさい」
そう言うと、喜んで、まゆについて行き、器に一杯のフルーツポンチを持って帰ってきました。
「もー、『これくらい?』って言ったら、『もっと』って2回も言われたわ」
って笑うまゆ。
「えへへへ」
フルーツポンチの量より、まゆに甘えられたことが嬉しいゆっちゃんの笑顔。
二人が今更ながらに可愛くて愛しくて、笑いながら泣いちゃいそうになりました。
治療していく中で、カウンセラーさんに、父親との確執を指摘された私だったのですが、この時の私は、父に感謝していました。
おかげで、嬉しい光景が見れたよ。ありがとね。
「お母さん、私いて助かった?」
帰りの飛行機の中、聞いてくるまゆ。
「うん。めちゃめちゃ助かった。ホントありがとね」
そう言うと、まゆは、「そっか」と満足そうに笑ったのでした。
「助け合う」って意味を、実感してきたのでしょうね、彼女なりのスピードで。
「助けてもらう」って意味を、自分なりのスピードで実感した私もいたのですけど。
それぞれに成長したということなのでしょう。
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