Episode 18 自立への道

 ゆっちゃんが学校で学ぶことは、やはり「生活」のことでした。

 

 中等部では、手先の器用さを求められるような作業もしていました。ちょっと大きめのビーズに糸を通したり、アイロンビーズを並べたり、お箸で豆をつかんで、皿から皿へと運んだり……。ゆっちゃんは、元々手先は器用な子でした。

 でも、文字を書いたりはできません。塗り絵も苦手です。


 そんなゆっちゃんが、一つ、凄く得意なことがありました。パズルです。ジグソーパズルまでいくとできないけれど、全部の形が微妙に違う、あの、子供用のパズルは80ピースくらいのまで、できるのです。私が50ピースくらいので手こずっているうちに、楽しそうに笑いながら80ピースを仕上げてしまう。最初の絵をパッと見たあと、すぐ全部くずして、お手本も見ないで組み立てていきます。

 最初、パズルの形で判断しているのかな? と思っていたのですが、ちゃんと外枠から作って、絵を見ながら作っていっています。凄いことだと思いました。そんな難しいことができたりもするんですね。


 そのうち、ボールペンの組み立てなんかもやるようになりました。これらは皆、自分たちの得意なものを探して、近い将来、自分が働いたり、生活の場所を探したりする上で、重要な授業内容でした。



 高校1年生からは、現場実習が始まります。ゆっちゃんは、お寺の掃き掃除や拭き掃除などをやってみたり、市バスの中の拭き掃除を一台まるごと任せられたりもしました。ただ、ゆっちゃんは、どんな作業も100%どころか、80%くらいのレベルまでも到達できません。

 できることもできてはきたけれど、やっぱり社会に適応していくだけの労働能力はありません。



 でも、だからといって、親元にいつまでもいるいうのも……。親の方が先に逝きますからね、大抵。逆に、そうさせて欲しいし。妹や他の家族に全部面倒を見させるわけにもいかないでしょう?



 同じく障害児を持つお母さんと話していた時、

「うちは、家業は姉ちゃんに継がせるし、妹(この子が障害児)の面倒は姉ちゃんにさせるから、施設なんか考えてないんだ」

 と言っていました。そういう考えの人もいるんでしょうね。

 でも、それって、お姉ちゃんの「やりたいこと」「やりたかったこと」を全部捨てさせて、諦めさせて、婿養子をとって家を継げ、妹の面倒はお前が見ろ。って言われてるわけじゃないですか、お姉ちゃん側から見たとき。それは、お姉ちゃんの人生、どこにあるの? みたいな気がして。


 まゆにも同じことを言う人もいました。でも、夫も私も、まゆの人生は、まゆのものなんだから、と思っているのです。


 

 私は、学校の先生と共に、ゆっちゃんみたいな子が自立した生活を送るように支援してくれる施設を探し、家から30kmほど離れた入所施設に入れることにしました。

 


 勿論、いろんな考え方があると思うんです。うちの子も、最初、うちの近くに通所できる事業所ができる、という話だったので、家から毎日そこへ通わせるつもりでいました。急に入所施設に入れなくても、って思ってました。

 でも、通所のできる施設は結局できなかった。今、入所している所が一番近くの通所施設で、そこはもう、毎日送り迎えできる距離ではなかったので、最初から入所っていう形にしたのです。

 


 無事、入所が決まり、荷物を全部もって、お引越し。


 週に1回くらいは顔を見に行こうと思っていました。養護学校の時も、距離的に1時間以上離れているので、通学が無理で、寄宿舎生活をしていたのですが、毎週金曜日の放課後に迎えに行き、日曜日の夕方に送っていくという生活をしていたので。


 すると、施設側から言われました。

「入所させたいと思われてるんですよね? それであれば、『ここ』が自分の『居場所』なんだと覚えてもらわないといけません。せめて連休に帰省できるまでは待っていてほしいんですが……」


 結局、ゆっちゃんの生活の全て、財産管理のすべてを施設の方に任せることになりました。会計の件については、詳細が全てこちらに報告されるので問題はなかったのだけれど。戸籍すら抜いてしまって、全く、そこの施設に嫁に行ったような扱いになるのです。



 わかってはいたけれど、寂しさや辛さはどうしようもなく。

 


 だって、ついこの前まで、ずっとずうっと手を引いて、「はい、ゆっちゃん、こっちだよ」って言ってきたのに、急にパッと手を離して、「バイバイ、お母さん」って 離れていってしまう。


 苦労して苦労して育てた大切な娘だからこその寂しさだったのだと思います。急に心にぽっかり穴が空いてしまい、私は、また精神の均衡を保てなくなってしまいました。また入院。


 実は、まゆもそうだったようです。3つの点で面を支え合っていたのに、1つの点を失って、支えていた面が落ちてしまうような感覚。……まゆも、精神的に少し来ていたようで、顔面神経麻痺になり、入院しました。



 でも、こうやって、ゆっちゃんは、『自立』していったのでした。



 

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