Episode 09  小学校入学

 実家に戻った頃は、私の鬱状態は、また悪化していました。「鬱病」というほどではなかったけれど、ずっと病院にかからないといけなくなりました。



 元夫が、すぐに離婚に応じなかったので、住所のみの変更になりましたが、郷里で小学校に通えることになりました。


 小学校に入る前に、一斉健康診断がありました。

 私も何も考えず、娘を連れて行きます。他の子と違って、一人で判断して次々と場所を変えて行けるわけではないので、一緒につきそいました。



 すると、他の子が結果待ちをしている間に、そこの校長先生に別室に呼ばれます。

「お母さんは、ゆりさん(仮名)をどこの小学校に入れるおつもりですか?」

考えてなかった選択肢でした。その小学校の特別支援学級に入れてくれると思いこんでいたので。


「え?この学校には特別支援学級はないんですか?」

と聞くと、先生は少し困ったような顔をします。

「あるにはあるんですが……。ゆりさんは、言葉は話せますか?」

「自発的にはなかなか話しませんが、言っている内容や、物の名前は殆どわかります」

そう、そこは必死で教えたので。

「文字は読めますか? ……計算は?」

「……できません。それができないと無理なんですか?」


校長先生は困ったような顔をします。

「うちの学校の特別支援学級では、主に勉強を教えています。ゆりさんがそれについていけるかどうか……」

「じゃあどうすれば?」

「養護学校が、10km圏内に2校あります。勿論、うちの特別支援学級を見学してからでも構いませんが、そちらを見学してみることをお勧めします」

つまり、こんな重度の知的障害の子を連れてきて貰っても困る。ということなんだな、と思いました。


 一応、その学校の特別支援学級を見学させて貰いました。なるほど、校長先生の言っていたこともわかります。そこにいた子供たちの前には算数の問題の書かれたプリント。

 おそらくは、クラスの子たちに比べると少し学習能力が劣っている、くらいのレベルの子、またはクラスに馴染めずパニックを起こしてしまうような子、ADHDやアスペルガーなどの、困り感を持っている子。そんな子どもたちにとってのクラスのようでした。

 

 確かに、ここに、ゆっちゃんを入れるのは無理だ。そう思いました。うちの子には到底ついていけるレベルではありませんでした。



 もう一つ別の養護学校も見学に行きました。

 そこは、身体障害児も知的障害児も一緒に見ている学校でした。これは、身体障害児に手を取られる分、知的障害児の教育はおざなりになりがちだろうし、知的障害児に力を入れれば、身体障害児の身の回りのことが間に合わないだろう……そう思いました。



 最後に訪れたのが、私の母校……通っていた大学の教育学部の、附属養護学校でした。まさか、こんな形で、またこの大学と関わることになろうとは……。


 見学をすると、ここが一番ゆっちゃんにとって良い環境でした。障害のレベルがほぼ同じ。知的障害児だけを対象とする学校で、小学部から高等部までありました。

 ただ、入学試験がありました。入試といっても、その子の障害レベルが、その学校に合っているかどうか、と、親の面接でした。


 障害レベルの件については問題ありませんでした。問題は、親。父親のことは絶対に隠し通さねばならないと思い、単身赴任だということにしました。先生方との面接のあとは、校長先生との面接です。


「失礼します」

と、入って驚愕。大学の恩師。しかもサークルの顧問だった教授でした。

「ええっ?!」と思ったけれど、そこは平等に試験を受けるべきなので、普通に質問に答えます。

 途中で、先生は意地悪そうにニカッと笑うと、

「徳永くん(仮名です)だろ?」

いきなり昔の先生の顔に戻りました。

「はい……」

「何だよ、お前、全然知らん顔して」

豪快に笑われたあと、言われます。

「いろいろあったんだな」

「はい……」

この先生は大学で教育心理学などを教えている教授です。全部わかられている気がしました。凄く気さくな先生で、サークルの行事などにはいつも参加。下の名前で呼んでくれるほど、学生と距離の近い、本当にいい先生で、私は凄く尊敬していました。


「じゃあ、一つ質問だ。君が子供さんに望むことはなんだね?」

「『自立』です。この学校が目指しているように」

「そう。じゃあ、『自立する』とはどういうことだと思う?」

「助けを借りることなく、自分で生活するようになれることだと思います。」

「そう。それは、親がラクをしたいだけではないの?」

「違います! それは絶対に違います!」


 試されているようでした。でも、先生はそれ以上何も問いませんでした。でも、もし、今、同じことを聞かれたら、やはり「自立」とは答えますが、それがどういうことなのか、ということについては、全く違う回答をするでしょう。それは、もう少し先でお話することにして……。どちらにしても、先生は、私に、それを悟らせたかったんだなあと思います。


 それにしても、先生! 私にだけ難問出しませんでした??



 こうして、ゆっちゃんは、養護学校に通うこととなったのです。

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