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警察署の前にはマスコミが集ってるらしく、俺たちは署の裏側から出してもらった。イズミは俺の手元から反則金の納付書を奪い取ると、
「じゃあね」
と軽い調子で言い、足早に去って行こうとした。その手首をすかさずヒトミが掴んだ。
「お母さん」
ヒトミが口にしたそれは、挑発的な言い方に聴こえた。こんな大人びた言い方をすんのか、と驚いた。手紙のなかでヒトミは「お母さんのことが嫌い」だっつって書いてたことを思い出す。ヒトミが誰かに敵意を向けたことは、俺の知るかぎり一度もねえ。小学六年のときにヒトミの頬をぶっ叩いたヒステリー教師ですら、ヒトミは歯牙に掛けず見下してた(そういうとこがあのプライド高そうなミニスカ教師の癪に触れたんだろうな)。ヒトミは何があっても飄々としてて、辛そうなとこを見せたことがなくて、そんなこいつの弱いとこを、俺は初めて目の当たりにしてんのかもしれない。
「お腹空いた。一緒にごはん食べてから帰ろうよ」
演技としては下手糞すぎる甘えた口調だった。イズミも何か勘づくとこがあったのか、助けを求めるように俺を見た。俺は苦笑いを浮かべて、頷いて見せる。諦めてメシに付き合ってくれ、拘りのねえヒトミがこうして拘りを見せるときゃ、テコでも動かねえんだ。それに、俺もちょっとはイズミと話してえよ。十五年ぶりなんだ。報告したいことだってある。つまり、俺が育ててきたヒトミはどんな子かっつうのを、イズミに見せてえんだ。
ヒトミが貴重な機会を与えてくれて感謝した。ひどく険悪な食卓にはなるだろうが、それならそれで「俺たちは家族なんかじゃなかったんだ」って諦めがつく。一言も残さず俺の元を去ったイズミだ、一度ぐらい、俺を諦めさせてくれてもいいだろ。
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