第4章

第1話 ずっと、一緒に

 その日、四限まで終わった後、練習室へ向かった。和寿かずとしはすでに部屋の前に立っていて、ワタルに気が付くと、軽く手を振った。ワタルは、急いで和寿の所まで走って行き、


「ごめん。待たせたね」

「いや。さっき来たばっかりだよ」


 促されて中に入る。和寿は、ケースを下ろし楽器を出そうとしていた。練習が始まったら言えなくなる。ワタルは覚悟を決めた。


「和寿。話があります」


 ピアノの蓋も開けず、真顔で声を掛けてきたワタルを見て、和寿は、「え?」と言った。和寿に見つめられ、緊張が走る。が、言わなければならない。


「和寿。僕は……」


 言葉に詰まったワタルに、和寿は、「どうした?」と言い、楽器を置いてワタルのそばへ来た。


「体の調子が悪いとか? それなら無理しなくていいぞ」


 優しい和寿。その心配そうな顔を見つめながら、ワタルははっきりと言った。


「僕は、プロのピアニストを目指します」


 和寿の表情が、ぱっと明るくなった。そして、ワタルをぎゅっと抱きしめてきた。


「やった。これで、一緒に演奏していけるんだな。ずーっと」

「そうだけど、でも、違う」


 ワタルの言葉に、和寿の手が緩んだ。


「えーっ。それはどういう……」


 和寿から逃れると、ワタルは、


「僕は、君の伴奏だけしたいんじゃなくて、自分の音楽を世の中の人に聞いてもらいたい。僕、思い出したんだ。どうして音大を受験しようと思ったか。だから、君の為だけにピアニストになろうとしてるんじゃないんだ」


 少しの沈黙の後、和寿は、「うん。わかったよ」と言った。


「お前の気持ちは、よーくわかった。お前の演奏、すごく好きだから、オレはお前がプロになって演奏会をやる時は、絶対に行く。だけど、オレの演奏会では、お前が伴奏してくれよ。お前の伴奏じゃなきゃ弾けない、とか言うつもりはないけど。お前とやる時が、一番いい演奏になってると思うから。約束してくれるか」

「いいよ。約束する。だけど……」


 ワタルは急に不安になってきた。


「あの……この先、僕たちお別れするかもしれないだろう。その時もこの約束は有効ってこと?」


 ワタルがぼそぼそと言うのを聞いた和寿は、笑い出した。


「ワタルくんは、マイナス思考だな。別れないように、ずっと仲良しでいればいいじゃん。でも、もしも別れたとしても、一緒に演奏しよう。別れても、一緒」


 からかうように言われて、ワタルは顔を背けた。


「それは、どんな嫌がらせ? そんな状態で音楽を奏でても、人を感動させられないと思うけど」

「だってさ、オレはお前と演奏したいんだよ。ずっと、一緒に」

「ずっと、一緒に?」

「そう。ずっと」


 背けていた顔を和寿の方に向けた。和寿は真剣な顔でワタルを見ていた。


「ずーっと」


 もう一度言ってから、和寿はワタルを抱きしめた。ワタルは、涙がこぼれ出すのを止められず困った。


「本当にワタルくんは可愛いな」


 和寿の言葉に、何も言えないまま泣き続けた。

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