第11話 楽しい話

 和寿かずとしとの演奏を終えた。心が震えた。


(何て色っぽい演奏をするんだろう……)


 和寿が視線を送って来たので、ワタルも立ち上がり、一緒にお辞儀をした。大きな拍手。そして、和寿がワタルを軽く抱きしめてきた。この行動に深い意味がなかったとしても、ワタルの心臓は早く打ち続けている。あまり刺激しないでほしい、と思った。


 彼は楽器を片付け始め、店長に労われていた。頭を軽く下げると、「本当にすみませんでした」とお詫びの言葉を口にした。店長は首を振って、「人生、いろいろあるからね」と、ただ笑った。


「閉店時間まで、いてもいいですか?」


 和寿が訊くと、店長は頷いた。


「コーヒー、入れ直してこようか。もう、すっかり冷めてるでしょう」

「ありがとうございます」


 閉店の合図の曲を、今日も弾く。ゲストが会計を終えて、どんどん去って行く。残ったのは和寿だけだ。


「着替えてくるから、もう少し待ってて」


 声を掛けてから更衣室に向かった。中に入ると、和寿の濡れたシャツが置き放されていた。


「冷たかっただろうな」


 思わず呟いた。真夏ではないのだし、また風邪でも引いたら大変だ。


 でも、とワタルは思う。和寿が風邪を引いたおかげで、ワタルは自分の本当の気持ちに向き合うことが出来たのだ。そうだとすると、あの風邪は悪いことばかりではなかったことになる。むしろ、感謝した方がいいのではないか?


 着替えを終えて和寿の許へ戻り、濡れたシャツを渡した。


「行こう」


 ワタルが声を掛けると、「ああ」と言って和寿が立ち上がった。スタッフに、「お疲れさまでした」と声を掛けて外へ出た。ワタルは店の前で伸びをしてから、


「待たせてごめんね。話を聞きます」

「よし。楽しい話の始まりです」


 ふざけた口調で言う。が、表情はそれに反して真面目なものだった。


「連絡したら彼女は、いいよって言ってくれた。それで、ここへ二人で来た。注文を終えてからすぐに、本題に入ったんだ」


 そこまで話すと和寿は、視線を落とし、息を吐き出した。

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