第9話 問題

 自宅に帰り着いてから、宝生ほうしょうに電話した。彼は、すぐに出てくれた。


和寿かずとしに、自分の気持ちを伝えました」

「そうですか。行かせた甲斐がありました」


 彼は小さく笑った後、


「今度会った時、詳しい話を聞かせて下さい」

「あ。はい」


 通話を切った。


 と、その瞬間、着信音が鳴り始めた。宝生かと思い画面を見ると、違っていた。


「和寿?」


 何かあったのだろうか、と思い、あわてて通話にすると、


「もしもし?」

「あ。ワタル。体、大丈夫か?」


 切羽詰まったような声音。どうしたと言うのだろう。


「僕は何ともないよ。どうしたのさ」


 ワタルの言葉に和寿は大きく息を吐き出した。


「良かった。オレ、あれからしばらくして、急に体調が良くなったんだよ。てことはさ、おまえにうつしたから良くなったのか? って思ってさ。違うんだな? 何ともないんだな?」


 何度も確認してくる和寿に、心の中が温かくなった。


「僕は大丈夫だよ。でも、ありがとう。そんなに心配してくれて。僕は、すごく嬉しいよ」

「心配するに決まってるだろう。大事な大事なワタルくんなんだから」


 やや声をひそめて言ったのは、家人に聞かれるのを心配したからだろう。


「和寿。僕はとっても幸せです」

「でもさ。まだ、一つ問題が残ってる」


 言われて急に冷静になった。


 みなみ由紀ゆき


 彼女は、この状況を説明してどう出るだろうか。わかってもらえるだろうか。


 ワタルが思いを巡らせているのを察したのか、


「ごめん。今言わなくても良かったな。オレ、頑張るから」

「僕も頑張る」


 何を頑張るんだ? とは訊かれなかった。


「わかった。オレ、明日そっちに帰るから。明日はバイト、あるんだっけ?」

「あるよ。今日もあったんだけど、断った」


 店長に休むことを伝えると、


「君がいないとね、追加注文が来ないんだよね。ま、仕方ないね。いいよ、休んで」


 前にも一度、そのようなことを言われた。ゲストは、ピアノを聞く為に追加注文をしているようだ、と。ワタルが休んでいる日は、そういうことは、あまりないらしい。


「じゃあ、明日行くよ。出来たら、あの人も連れて行く。あそこで話すのが良い気がする」


 ワタルは、言われた意味を考えて心がざわざわしたが、覚悟を決めて、「わかった」と言った。


「オレ、頑張る。お前も頑張ってくれ」

「うん」


「おやすみ」と言い合ってから、通話を切った。


 明日のことを考えると不安だ。が、考えていても仕方ない。ワタルは大きく伸びをすると、ピアノに向かい、深呼吸をしてから弾き始めた。

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