第2話 作り笑顔

 席に着くと和寿かずとしはメニュー表を見て、しばらくしてから何か注文した。そして、スタッフが去るとテーブルの一点を見つめて、何か考えている風だ。


 少しやせたようで、そのせいか、以前とはまとう雰囲気が違っているように感じられた。


 ただ、相変わらずヴァイオリンは持参している。どこに行くにも持ち歩くと聞いている。ピアノは持ち歩くのは不可能なので、その点はすごくいいな、と思う。


 曲を終えた所で店長の声が掛かり、休憩になった。奥の部屋に行くには、和寿のそばを通らなければならない。緊張して膝が震えそうになる自分を、心の中で笑った。どうしてこんな事になったのだろう。


 時間があまりないので急ぎ足でそこを通り過ぎようとしたが、和寿に袖をつかまれた。はっとして彼を見ると、無理に作ったような笑顔。この人は、いつからこんな顔をするようになっていたのだろう、とワタルは驚かずにいられなかった。


「ワタル」


 呼びかけてきたものの、彼はそれきり黙ってしまった。何か言おうとして、ためらっているような顔をしていた。


「和寿。もし話があるなら、仕事が終わってから聞くよ。待っててくれるなら」


 ワタルの言葉に和寿は頷き、


「わかった。店の前で待ってるから」


 食器はすでに空になっていた。彼は立ち上がると軽く手を振り、「じゃ、また後で」と言うと、背中を向けて歩き出した。ワタルは、その姿をしばらく見てから、奥の部屋に急いだ。



 閉店時間となり、ドアが閉められた。ワタルは急いで着替えを済ませるとスタッフに挨拶をして外へ出た。

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