第3章

第1話 Je te veux

 告白された日から数日が経った。和寿かずとしの事は時々校内で見かけたが、以前のようには声を掛けられなくなった。和寿も、ワタルに気が付くと驚いたような顔をして、すぐに目をそらした。


 ワタルはそうされる度に、自分は間違っていたのだろうか、と思う。しかし、あの時、他にどうすれば良かったのだろう。考えても答えは出ない。


 屈託なく笑い合っていた頃に戻りたい、と願った。


 一週間が過ぎても、相変わらず関係の修復を見ないままで、ワタルは寂しい気持ちに包まれていた。ふと、彼と知り合う前はどうやって生きていたんだろう、と考えてみたが、思い出せない。


 ぼんやりと考え事をしながら廊下を歩いていると、腕をつかまれた。みなみ由紀ゆきだった。彼女はいつもの通り強い視線を向けながら、


「あんた達、最近どうしたの? 一緒にいるの、全然見ないけど」


 問われてワタルは、首を振った。


「どうしたと言われても。別に何もないです」

「あんなにべたべたしてたのにさ。変よ」

「変って言われても……。僕じゃなくて、彼の方に訊いてみたらいいんじゃないですか? 南さんが心配なのは和寿なんだから、直接訊いてみてください。僕は、何も言う事はありませんから」


 冷静な口調で伝えると、彼女はワタルから視線を外した。そして、抑え気味の声で言った。


「あの人ね、変なの。最近特に。いつも何か考え込んでる感じで、全然別の人みたい。あんたと何かあったんでしょう? いいから、さっさと仲直りしなさいよ。いつまでこの状態を続けるつもりなのよ」

「いや。それは訊かれても困ります。いつまでなんて、わからないです」


 率直な気持ちを伝えた。知りたいのは、ワタルも同じだ。いつまで続くのか教えてほしい。


「あんた達はさ、良いコンビなんだから、解消しちゃダメでしょ。音楽に携わる者として、それは認める」


 褒められた。


 その喜びが、つい顔に出てしまい、それを見た由紀は不機嫌そうに顔をしかめた。


「私はね、和寿の為に言ってるの。だってさ、和寿がかわいそう。あんな顔した和寿、今まで見たことない。あんたのせいなんでしょ? 責任とって、何とかしてやってよ」

「いや、あの」


 ワタルの返事は聞かずに、彼女はその場を去って行った。その背中を見送りながら、こんなに彼女と話をしたのは初めてかもしれない、と変に感動していた。


 由紀は、「責任とって、なんとかしてやってよ」と言うが、どうすれば責任が取れるのだろう。


 頭の中は、ますます混乱状態に陥っていた。


 こんな状態でも、アルバイトはしなければならない。ピアノを弾いていても、なんとなく集中出来ていない。これが試験だとしたら、たぶん落第点を取るだろう。曲の合間に、小さく溜息を吐いた。


 サティの『Jeジュ teトゥ veux』を弾いている時だった。ドアが開き、ゲストが入ってきた。何気なくその方を見て、思わず「あ」と言いそうになった。


(和寿……)


 彼から目が離せなくなってしまった。


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