第19話 学園祭

 学園祭の演奏が終わった。最後の曲が『ツィゴイネルワイゼン』だったせいか、会場は熱狂していた。


 立ち上がって拍手をしてくれる人が多数。その中には、よくファルファッラに来てくれているゲストもいた。お店にフライヤーを貼らせてもらったことが功を奏したのだろうか。


 しばらく拍手は続いたが、二人が礼をして会場から出て行くと、さすがに収まった。廊下に出ると、ワタルと和寿かずとしは手を打ち合わせた。和寿は、はじけるような笑顔で、


「予定通りだな」

「上手くいったね。みんな、楽しんでくれてたみたい」

「みんな、よりさ。オレが一番楽しんでたから」

「いや。僕です」

「オレだよ」

「僕だよ」


 言い合って、笑った。二人とも気分が高揚していた。


 と、その時、誰かが二人のそばで立ち止まった。二人してそちらを見て、思わず「あ」と言ってしまった。きれいに声が揃ったが、笑うどころではない。


 そこにいたのはみなみ由紀ゆきだった。彼女は、いつもの通り、面白くなさそうな顔をしていた。


「今、演奏聞いてたんだ」


 由紀が言った。ワタルは、何も言えずに由紀を見ていた。和寿は、彼女を見ながら髪をかき上げて、


「どうだった?」


 急に自信なさそうになって、訊いた。彼女は、いっさい表情を変えずに、ぼそりと、


「良かったよ」


 それだけ言うと、彼女は背を向け、「じゃあね」と言って、去って行った。ワタルは、彼女が見えなくなってからようやく、


「ねえ、和寿。僕たち、今、褒められたよね。聞き間違い? 都合よく聞き間違えてるかな?」

「間違えてない。褒めてくれたよ、あの人」


 和寿が真顔で答えた。


「褒めた。それでさ、たぶんオレたちを認めてくれた」


 ワタルはびっくりして、


「え? 何を認めてくれたって?」

「オレたちが組んで演奏をすること」


 変な想像をしてしまった自分を、心で恥じる。


 それにしても、和寿はさっきまであんなに喜びに溢れていたのに、今はもう別人のようにシンとしている。


「あの人ね、相手が誰であろうと、たとえ大嫌いな相手でも、いい物はいいって言えるんだよ。なかなか出来ないだろう、そういうの。本当にさ、これは誉め言葉になるか微妙だけど、彼女、かっこいいんだよな、そういうとこ」

「かっこいい……?」

「オレもね、それは見習いたい」


 彼女が歩いて行った方を、いつまでも見ている和寿。


「和寿。南さんが好きなんだね、本当に」

「どうだろう。わからない」

「わからない?」

「はい。わかりません。そして、彼女がオレを好きかどうかも、今となってはわかりません。ていうか、またオレにそういうこと言わせて。オレは、自分のことが全然わかんないんだよ」


 ワタルは和寿を少し見上げて、「ごめん」と言った。和寿は首を振って、


「謝ることじゃない。オレ、おまえにはつい、いろいろ言っちゃうんだよ。何でだろうな。ま、いいか。ワタル。今日はありがとう。楽しかった」


 そこで、ようやく笑顔が戻ってきた。つられてワタルも微笑み、


「うん。楽しかった。また、こういうこと、したいな」

「ああ。またやろう」


 和寿がワタルの背中を軽く叩いた。


「楽器片付けなきゃ。控室に戻ろう」


 歩き出す和寿を追って、ワタルも歩き出した。

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