第17話 タイスの瞑想曲

 試験も終わり、後期の授業が始まった。


 ファルファッラでピアノを弾くのは、半月ぶりくらいだ。店に入って行くと、スタッフの誰もが喜んでくれた。店長も笑顔で、


「元気にしてた? 試験、どうだった?」

「ええ。まあ。大丈夫だと思います」

「そう。良かった。じゃあ、今日からまたよろしくね」


 肩をポンと叩く。


「はい。よろしくお願いします」


 礼をしてから更衣室へ向かった。


 八時頃、和寿かずとしがやってきた。いつもの通り、バイオリンを手にしている。ワタルに向かって手を振ってきたが、振り返す訳にもいかないので、軽く頭を下げた。


 休憩時間になり、和寿の前を通って休憩室に行こうとした時、和寿に袖をつかまれた。


「ワタル。ちょっと話そう」

「えっと……食事をしないと……」

「いいじゃん。ちょっと座って」

「だめだってば。僕は……」


 言い合いをしていると、店長がそばに来た。ニヤッと笑うと、


「いいよ。休憩時間、倍にしてあげる」


 ワタルより先に和寿が、


「ありがとうございます」

「ただし、条件があります。それを聞いてくれるなら、だよ」


 ワタルは首を傾げた後、


「条件、ですか?」

「そう。油利木ゆりきくんと一緒に何か演奏してよ。してくれれば、時間は倍にします」

「やります。やるよな、ワタル」


 和寿に言われ、ワタルは頷き、


「はい。何かリクエストはありますか」


 店長は、「タイス」と即答した。タイスの瞑想曲、ということのようだ。


 和寿は「いいですよ」と言ったが、ワタルは、


「和寿。僕は弾いたことありません」

「ここに楽譜があるから何とかしてよ。休憩が掛かってるんだから」

「え。はい。じゃあ、ちょっと見せてよ」


 もちろん、曲は知っている。楽譜を見ながら、バイオリンの音が乗ったところを想像する。


 最後まで楽譜を見てからワタルは、


「和寿。行こう」

「よし。行こう」


 ケースごと持って行き、ピアノのそばで楽器を出し、弓を張って松脂を塗って、楽器を構えた。ワタルも急いでピアノの前に座り、ラの音を鳴らした。


 音が決まるとワタルの方を見て、


「テンポ、これくらい」

「あ、はい」


 深呼吸をしてから、弾き始めた。和寿のバイオリンの音色が、なんともあでやかだった。必死で伴奏をしていたが、鳥肌が立つのを止められない。


 演奏が終わると、偶然この演奏を聞く事になったゲストたちが、拍手をしてくれた。和寿に目で促されたので、ワタルも立ち上がり、二人揃って礼をした。拍手は、さらに大きくなった。


 店長が拍手をしながらワタルのそばに立ち、


「すごく良かったね。じゃ、今日は三十分休憩どうぞ。今からだよ。もうすぐご飯出来るから」


 店長が去って行くと、和寿は右腕でワタルの肩を抱くと、「やったな」と言って笑った。「うん」と答えながらも、気持ちは別の所にあった。


「和寿。休憩が……休憩が減っちゃうから……早く話をしよう」


 和寿は、そこでようやく、何の為に演奏したのか思い出したのだろう。「あ、そうだった」と言い、ワタルを解放してくれた。楽器を素早く片付けると和寿は食事していた席に向かった。ワタルも後を追った。


 席に着くと食事が来ていたので軽く手を合わせてから一口食べ、「それで、話って何?」と訊いた。

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