第16話 本音

「何だよ、ワタル。下向いちゃって。オレがかっこいいからって、照れちゃってるのか? ワタルくん、可愛いね」


 からかわれて、つい顔を上げた。そして、


「違う……よ?」


 何故か、疑問形になってしまった。和寿かずとしは笑い出し、


「何だ、それ。面白いな、おまえ」

「えっと……じゃあ、言い直す。違います」

「違いませんね。オレはそう思ってる」

「自信過剰だね。そんな風だと、その内にみなみさんに嫌われちゃうよ」


 南さん、と言う時、声が揺れてしまった。が、和寿はそこは気にした様子もなく、


由紀ゆきか。いや。もしかしたら、もう嫌われてるかもしれないよ」


 真顔で返され、ワタルは、


「そんな。冗談で言ったんだよ。冗談。ごめん。僕がいけなかったです」


 あわてて取り繕おうとしたが、和寿の表情は変わらない。


「前にさ、中村なかむら先生に言われたじゃん。伴奏断った後、絶対気まずいよねって。本当にさ、気まずくなるもんだね。前みたいに、気軽に声掛けたり出来ないんだよな、やっぱり。夏の発表会だってさ、何となく連絡しにくかったからってのもあるんだよ。ていうか、何故オレはそんなことをおまえに語ってるんだ? ごめん。もう彼女の話、しません」

「違う。僕が彼女の名前を出したから、こうなったんだよ? 悪いのは僕です。反省してます」


 和寿は天井を仰ぎながら、「あーあ」と言った。


「和寿?」

「だけどさ、オレは後悔してるわけじゃないんだ。おまえと組んだからこそ、今日、今までで一番いい演奏が出来たんだから。オレは正しかった」


 ワタルに言うというよりは、自分に言い聞かせているみたいだった。


 和寿は姿勢を正すと立ち上がり、バイオリンケースを肩に掛けた。ワタルが見上げると、和寿は微笑んで、


「今日はここで解散しよう」

「うん。お疲れ様。今日の和寿、すごくかっこよかったよ」


 つい、本当の気持ちを告げてしまった。


「あ、えっと、バイオリン弾いてる時、だよ?」

「はい、わかりました。オレはやっぱり、かっこいいんだよな」

「……」

「ワタル。本当に可愛いな。じゃあ、また」


 手を振って去って行った。


 うっかり口にしてしまった言葉を思い出しては、頭の中で、「どうしよう」を繰り返していた。

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