第14話 恋心
その日、講義が終わってから
「どうしたんだよ。何か元気ないじゃん」
「いや。そんなことないと思うけど……」
手が止まってしまった。
「そんなこと、なくないだろう。人に言うと楽になるぞ」
「何もないです」
「いや。何かある」
「ありません」
いつまでもそう問われている内に、ワタルは隠すのを諦めた。ピアノの鍵盤を見つめたまま、「実は……」と話し始めた。
さすがに、あの人は今、あんたのことばっかり考えてるんだよ、と言われたくだりは話せなかったので、自分は発表会に誘われなかったのに、ワタルが誘われたことが気に入らなかったようで、大嫌いと言われたことだけを話した。
そんなこと、と笑われるかと思ったが、別に笑うでもなく真面目な顔をして話を聞いてくれていた。
ワタルが話し終わると、和寿はワタルの頭を撫でてきた。触れられて思わず体がビクッと反応してしまった。和寿は、それに気付いたか気付かなかったか、全くそのことには触れず、
「まあ、いいじゃん。それよりさ、楽しい話をしよう。11月の学園祭、どうする? 一緒に何か演奏しよう」
「和寿。学園祭の前に、楽しい試験があるんじゃない? 練習しよう。その為に、今ここにいるんだから」
ワタルの言葉に和寿は、「つまんないなあ」と言いつつも、楽器を構えた。ワタルがラの音を鳴らすと、音を合わせ始めた。音が決まって合図が来たので、前奏を弾き始めた。
この人は、普段あんな感じだが、楽器を構えた瞬間に全く違う雰囲気になる。つい、じっと見つめてしまう自分にダメ出しをしながら弾き続ける。
さっきまで気分が落ちていたのに、なんてゲンキンなんだろう、と思う。和寿を見ていると、気分が上がる。そして、ドキドキする。
ドキドキする、の意味は、深く考えない方がいいと思っている。由紀はああ言っていたが、普通に考えればそんなはずはない。和寿は今、由紀と付き合っている。意味ありげに言われても、和寿が好きになるのは女性のはずだ。同性の自分ではないはず。
そこまで考えて、自分で自分の気持ちを認めてしまっていることに気が付いた。深く考えないように、と思っていたのに、その先にある感情を認めてしまった。
(和寿を好きなんだな、やっぱり)
そんなことを思いながら弾いていたせいか、あまりいい伴奏をしてあげられなかった。試験直前の合わせなのにこれでいいのか、と思わなくもなかったが、時間は戻ってこない。
試験当日は、よけいなことを考えずに、彼の演奏を引き立てられるような伴奏をしようと心に誓った。
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