第10話 夏休みの予定

 七月になり、明日から夏休みだ。練習の後、和寿かずとしと二人で食堂に行き、飲み物を買ってから席に着いた。和寿は、バイオリンケースを横に置き、


「今日も楽しかった」


 満足そうに言う。上手くいってもいかなくても、彼の感想は、いつもそれだった。


 ワタルは、紅茶を一口飲んでから、


「それは良かった」


 他人事のように言うと、和寿は不満だったのか、


「おまえは楽しくなかったのか」


 頬杖をついて、ワタルの顔を見る。ワタルは首を振り、


「そんなことは、ないけど」

「ないけど、何?」

「そんなことは、ないけど……もう、いいじゃないか」

「よくないでーす」


 ふざけた感じで言う和寿。なんだかちょっと可愛い、とワタルは思い、つい、小さく笑うと、


「ワタルくん、オレを笑った?」

「笑ったよ」


 近頃、だいぶ敬語を使わないで話せるようになってきていた。


「笑われた。ま、いっか。あのさ、ワタル。夏休みって、何か予定あるの? 実家に帰るとか」

「実家? 全然頭になかった。えっと、帰らないと思う」


 和寿は目を見開き、


「え? 帰らないのか? 何で?」

「別に理由はないけど。何となく」


 和寿はそれ以上は追及せず、


「あ、そうなんだ。じゃあ、うちの発表会聞きに来てよ。親がさ、音楽教室やってて。父がバイオリンで、母がピアノ。由紀ゆきは、母にピアノを習ってたんだ。それで伴奏やってもらうことになったんだけど……って、今はその話はいいか。それで、八月の十日なんだけど、暇?」

「その頃は、ファルファッラがお盆休みだから大丈夫だと思う。行きたいな。バイオリンとピアノでしょ?」

「そう。一部と二部に分かれてて。一部は小さい生徒さん、二部が中高生。それから、オレ」

「オレ? 和寿も出るんだ? じゃあ、絶対行く。聞きたい」

「やった。来るな? よし。オレ、すげー頑張る。やる気がすげー上がった」


 拳を握る。


「それで、和寿。何を弾くの?」

「無伴奏のソナタ。何を弾くかはプログラムで確認して。今度渡すから」

「すごく楽しみ。だって、和寿が一人で弾くのを聞いたことがないから。和寿が弾く時、いつも僕は伴奏してるから。ああ。早くその日になればいいのに」


 心からそう思った。和寿は、ワタルが浮かれているのを見て笑うと、


「おまえ、テンション高過ぎ」

「だって、すごく楽しみなんだ」

「オレ、本当に頑張るから。期待してろよ」


 そう言って、ようやく飲み物に口をつけた。

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