第9話 伴奏者

 そのまま和寿かずとしは閉店時間までいた。席を立つとワタルの所へ来て、「外で待ってるから」と言って、レジの方へ行った。


 ドアに鍵が掛かり、閉店。ワタルは着替えを済ませると、スタッフに声を掛けてから、急いで外に出た。風が少し冷たい。


「ごめんなさい。お待たせしました」

「いや。勝手に待ってたんだし、おまえが謝ることじゃないよ」


 そう言って微笑んだ和寿を、つい見つめてしまった。


「え? 何?」


 あまり見ていたので不思議に思ったのか、和寿が訊く。ワタルはあわてて視線を外し、


「何でもないです。あ、あの。寒くないですか」

「寒いね、今日。あのさ、改めて言うんだけど。伴奏、お願い出来ますか」


 敬語だった。そして、真剣な表情だった。


 ワタルは深く頷き、


「よろしくお願いします」

「ありがとう。由紀ゆきには悪いことしたけど、オレは嬉しい」

「えっと。和寿に失望されないように、頑張ります」


 ワタルが宣言すると、和寿が笑い出した。


「オレの方こそ、だよ。おまえに失望されるのは嫌だから、今まで以上に頑張るよ」


 和寿が右手を出したので、その手を握った。何故だか、とても緊張する。


「オレね、プロのバイオリニストになる気、満々なんだ。その時も、おまえが伴奏してくれてたらいいのにって思うんだけど、どうかな」

「え? そんな先のこと、わかりません。というか、僕は、プロになりたいのかどうかも、よくわからなくなっちゃって」


 大学に入っていろんな人に会い、自分の目指しているのが何だったのか、わからなくなってきていた。自分は本当にプロになれるのだろうか。なりたいのだろうか。


 迷いをそのまま伝えると、和寿はワタルの肩を叩いた。


「プロにならなくてもいいよ。オレが演奏会やる時だけ弾いてくれれば」


 にやりと笑う和寿に、ワタルは首を傾げた後、「意味がわかりません」と言った。和寿は、ワタルの言葉を気にした様子もなく、


「ま、とにかく一緒にやれることになってオレは嬉しいから。将来の話は置いといて、今を楽しもう」

「あ。はい」

「じゃあ、また」


 手を振って去って行く和寿の背中を、しばらく見送っていた。

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