第3話 初仕事
開店するとすぐに、二組のゲストが来店した。店長には、なるべくゲストのことは気にしないで弾いて、と言われたが、なかなかそうもいかない。ドアのベルが鳴る度に、手が止まりそうになる。
発表会や試験の時に、人が咳をしたり話していたりするのは、それほど気にならない。そういうものだと慣れてしまっているのかもしれない。が、ここはまた独特だ。
今までは、人に評価を受ける立場で弾いていたので、聞いてもらわなければいけなかった。が、それをここでやってはいけない。
ゲストは食事や会話を楽しむ為にここに来ている。それを壊すような演奏をしてはいけない。
静かに、そして、大事な人との時間がより素敵になるような、そんな演奏。それが、ここで求められているのではないか、と、ワタルはぼんやり思った。
何を弾いてもいいと言われたが、閉店前の曲だけは決まっている。ショパンの『別れの曲』だ。美しい曲で、ワタルもこの曲が好きだった。
弾き終わる頃にドアの鍵が掛けられ、今日の営業は終了した。店長が笑顔でそばに来ると、「お疲れ様」と声を掛けてくれる。ワタルも、「お疲れ様でした」と頭を下げながら言って、更衣室に向かった。私服に着替えながら、大きく息を吐いた。
翌日、食堂で
「
「えっと……採用になって、早速仕事をしてきました。それで、今までと勝手が違うことがわかりました」
ワタルの言葉に、宝生は首を傾げて、
「君の言っていることがよくわからないんですが」
言われてワタルは、昨夜考えていたことを伝えた。宝生は、納得したように頷くと、
「君、すぐにそんなことがわかって、すごいじゃないですか。今日も行くんですか」
「はい」
「そうですか。その内に食事しに行きますね」
そう言って、宝生は微笑した。
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