第2話 告白

 風が強く吹いて、満開の桜の花弁はなびらが舞う。あまりの美しさに、思わず足を止めて見入ってしまった。と、和寿かずとしも立ち止まり、「ワタル」と低く呼んだ。


「え?」


 振り向くと、彼はワタルをじっと見ていた。その表情は、まるでステージに上がる前のように真剣なものだった。


「和寿?」


 黙っている彼の名を呼び、先を促すと、


「最近、ずっと考えてたんだけど」

「えっと……何を?」

「おまえのこと」


 ワタルは目を見開いて和寿を見た。和寿は、ワタルの両肩に手を置くと、


「オレは、おまえのことが好きなのかもしれない」


 何を言われたのか、すぐにはわからなかった。が、少し考えて、わかった。告白されたんだ。


 理解した瞬間、鼓動が速くなった。こんなことを言われる日が来るなんて、想像もしていなかった。


 ワタルは、彼を止めなければと必死で頭をめぐらせた。そして、しばらくの沈黙の後で、


「和寿。それは、勘違いだよ」


 声が少し震えてしまった。本当はこんなこと、言いたくない。が、彼の目を覚ましてやるのが、この場合は正しい。


 ワタルの言葉に、今度は和寿が目を見開いて、


「勘違い?」


 呟くように言った。ワタルは頷くと、


「そう。勘違いだよ」


 重ねて言った。


「だって、和寿はみなみさんと付き合ってるだろう。君が好きになるのは、つまり女性ってことだよ。同性のぼくを好きになるはずがない。そうだろう?」


「南さん」はワタルと同じピアノ科の学生で、和寿の彼女だ。


 和寿は、ワタルから視線を外して首を振った。


「そうだよ。由紀ゆきと付き合ってるよな、オレ。だけどさ、さっき言ったことは嘘じゃないんだ。おまえといるとすごく楽しいし嬉しいし、なんかドキドキしてくるし。これって、普通に考えればさ。好きってことじゃないか? 違うって言うなら、他になんて言えばいいのか教えてくれ。そしたら訂正するから」


 いつも堂々として明るいオーラの彼が、今は、なりを潜めている。そうさせているのは自分だ、と感じながらも、ここで彼の想いを受け入れるわけにはいかないとわかっている。


 ワタルは無理に笑顔を作り、


「ほら。試験前とか、けっこう頻繁に会って合わせをやったりしてたから、それで、なんて言うのかな。愛着? みたいなものが湧いてきたとか、そんな感じなんじゃないかな。だって、君は南さんと付き合ってる。彼女を好きだろう?」


 自分の本当の気持ちは絶対に口にできない。


 和寿は、ワタルの肩から手を下ろし、俯いたまま、


「わからない。もう、本当にわからない。だけど、おまえを好きだってのは本当だから。じゃあ、今日はここで別れよう。また明日」


 ワタルの肩を軽く叩くと、和寿は一人で歩き出した。ワタルは、その背中を追いかけたかった。が、それは、してはいけない、と自分を戒める。


 普通に仲良く。それだけを望んできたのに。


 ワタルは校門へ向かいながら、和寿と出会った頃のことを思い出していた。

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