第39話 慌てる大聖女

 扉を叩く音が聞こえた。

 結局、食事の準備は間に合わなかった。扉を開けるとマユメメイが飛び込んできた。タイタリッカさんとキキミシャさんが慌てていた。

「イロハ様がいるの? 強烈な気配を感じるの」

 マユメメイは息を切らしていた。走ってきたみたい。


「急にどうしたの?」

 涼しい顔で平静を装った。慌てるとイロハ様がいたと分かってしまう。

「この家の中からは、大きなイロハ様の気配がするの。絶対にイロハ様がいるはず」

 止める間もなくマユメメイが家の中に入ってきた。


「大聖女様、どうしたのですか」

 タイタリッカさんが止めようとしたけれど、マユメメイは一直線に寝室へ向かった。寝室の扉を勢いよく開けた。慌てて声をかけた。

「私の寝室よ。先ほどまで調子を崩して寝ていたのよ。昼食の準備にもう少しかかりそうだから、ちょっと待っていてね」


 マユメメイが私の顔を覗いてきた。両手も握られた。

「アイはアイなの? 本当は誰なの?」

 最初に会ったときと同じだった。尊敬するような眼差しで私を見ている。返答に困ってしまった。宝石魔法を見せれば納得してくれるだろうか。プレシャスに視線を送った。


「アイ様にはイロハ様と異なる気配を感じ取れるはずです。アイ様の異なる気配が別人だという証拠です」

「確かにイロハ様とは異なる気配があるの。でもイロハ様の気配も感じられるの」

「大聖女様、アイさんが困っています。少し落ち着いてみたら如何かしら」


 キキミシャさんだった。助け船を出してもらえた。それほどまでにマユメメイの態度は普段と異なるみたい。

「イロハ様に会ったときと同じくらいの気配なの。アイがイロハ様でなくても何処かにイロハ様がいるはず」

「何処にもイロハ様はいない。マユメメイの気が済むなら、家の中を探しても平気よ」


「確認したいの」

 マユメメイに家の中を案内した。後ろからはタイタリッカさんとキキミシャさんがついてきた。一階建ての一軒家で部屋数は多くない。時間をかけずに全部の部屋を回った。


「今の部屋で最後よ。生活用品が少なくて恥ずかしいけれど、誰もいないでしょ」

「たしかにイロハ様はいなかったの。でもあまりにもイロハ様の気配が強いの。本当に今の部屋が最後なの?」

 マユメメイが諦めてくれなかった。プレシャスに助けを求めると視線があった。何か訴えそうな雰囲気だった。


「何か気になることでもある?」

 プレシャスに聞いた。

「床の模様は如何しますか」

 言葉の意図が分からなかった。プレシャスは無意味な発言はしない。

 考えを巡らした。マユメメイに部屋を見せていた。プレシャスの意図が分かった。


「忘れていた部屋を思い出した。隠し部屋よ。マユメメイになら見せても平気」

 寝室に案内した。

「最初に確認した部屋なの。でもイロハ様はいなかった」

「私だけが扉を開けられる、隠し部屋があるのよ。この世界で集めた品物を保管する収集部屋ね。まだ中身は空っぽだから、誰もいないと一目で分かるはず」


 床の模様に手をかざした。扉が出現した。

「魔法ですか。興味がありますわ」

「魔法に似ていると思う。隠し部屋だからあまり詳しく聞かないでね」

「他人に教える内容ではありませんね。わたくしが迂闊でしたわ」


「気にしていないから平気よ。収集部屋を見せるね」

 階段を下りて最後の扉に手をかざした。収集部屋の中を見せた。

「誰もいないの。でもイロハ様はいるはずなの」

 マユメメイが私の腕を掴んだ。


「大聖女様、わたくしも確認しました。誰もいません。昼食の準備もまだのようです。これ以上はアイさんに迷惑がかかるかしら」

「もうすぐ街を出発するの。もし可能ならイロハ様に会いたい。上位魔物と対峙する前に加護をもらいたいの」


 この街を出発する理由を初めて聞いた。王都へ戻ると思っていた。誰でも上位魔物と対峙するなら、イロハ様の加護がほしいと思う。マユメメイがイロハ様に会いたい理由はわかった。でもイロハ様はすでにいない。


「街外れの家に女神様が降臨するはずはないよ。神殿の祝福部屋でお祈りするほうが確率は高いと思う」

 私自身はイロハ様を呼べない。神殿のほうが可能性はあると思った。

「でも気配がするの」


「大聖女様、これ以上は迷惑をかけます。分かるかしら」

 キキミシャさんの使い魔が、マユメメイの前に飛び降りた。体を震わせたあとにハトほどの大きさに変化した。マユメメイを見つめている。


 マユメメイが開けた口を閉じた。怯えているのか萎縮していた。

「迷惑はいけません。謝り方は覚えているかしら」

 キキミシャさんの視線はマユメメイを捕らえていた。マユメメイは大きく頷いた。まるで母親に叱られている子供みたい。顔を上げるとマユメメイが私のほうを向いた。


「急に騒ぎ出してごめん。もうアイに迷惑をかけないから許してほしいの」

 素直な反応だった。理由は不明だけれど、イロハ様が来たことはごまかせた。

「イロハ様がいないと分かってくれれば平気よ。遅くなったけれど昼食を作るね。下準備までは終わっているからすぐできる。テーブルのある部屋で待っていてね」

 キキミシャさんに連れられて、マユメメイがあとに続いた。後ろにいたタイタリッカさんが私の横で足を止めた。


「使い魔の巨大化はキキミシャが怒る前兆だ。普段は淑女だが切れると怖い。アイもキキミシャを怒らすな。俺でも手に負えない」

 タイタリッカさんは小声で話すと、何事もなかったかのように階段を上った。


「怖さは感じなかったけれど、怒ると怖いのね。キキミシャさんへのわがままは控えたほうがよさそう。プレシャスも気をつけて」

「アイ様を巻き込まないように注意します」

「マユメメイの件も一段落したみたい。昼食を用意する」


 森で取れた肉と薬草を使った料理だった。肉を焼く以外は準備していたので時間は掛からなかった。五人分を用意してテーベルへ運んだ。パンには街で買った野菜を刻んで入れた。サラダとスープも運び終わった。


「美味しそうな料理なの」

「素材になれてきたから、味がしっかりしていると思う。冷めないうちに食べて」

 マユメメイが美味しそうに食べている。キキミシャさんに叱られたけれど、もう仲直りしている。二人で楽しそうに会話していた。

 タイタリッカさんも残さずに食べてくれた。


「上位魔物と対峙するの?」

 どうしても聞きたかった。上位魔物は倒せないと聞いた。

「国境付近に上位魔物が出現したの。進路によっては、リガーネッタや王都ザイリュムに影響が出るかもしれない。その前に消滅させる必要があるの」

「上位魔物と戦うの?」


「討伐は無理なの。でも聖女の神聖魔法ピュアヒールラは、魔物を弱体化できる。ワタシの役目は上位魔物の弱体化なの」

「無理しないでね。マユメメイが怪我したら悲しい」

 マユメメイの倒れる姿は想像したくない。


「上位魔物から離れた後方部隊から、神聖魔法を使うから比較的安全なの」

「それなら少し安心ね。タイタリッカさんとキキミシャさんも一緒に行くの?」

「当然だ。上位魔物の近くには中位魔物も存在する。俺たちで大聖女様を守る。部隊を編成して出発する」


「三人の無事を祈っている。明日は見送りに行っても平気?」

「嬉しいの。神殿に来てもらえれば会える。二刻の鐘を合図に出発するの」

「遅れないように行く。そろそろ食後の飲み物を取ってくる」

「美味しい料理だったの。上位魔物が消滅したら、またアイの料理を食べたい」

「違う料理を用意して待っているね」


 席を立って飲み物を取ってきた。予定していた踊りと魔法は明日見せると約束した。マユメメイたちは四刻の鐘前に街へ向かった。家の前でプレシャスと一緒に見送った。


「マユメメイたちが家に来てくれて嬉しい。でも帰りに魔物と遭遇しないか心配」

「今日は魔物の心配は不要です。魔物退治にも慣れていると思います」

「たしかにタイタリッカさんとキキミシャさんがいれば平気ね」

 マユメメイたちの姿が見えなくなると家の中に戻った。

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