第38話 降臨した女神様

 目の前が明るくなった。写し出されているのは天井だった。

「ここは何処? たしか庭で魔法を試していたのよね」

 顔の横に温かみを感じた。


「アイ様、大丈夫ですか。体に違和感はありませんか」

 耳元からプレシャスの声が聞こえた。横を向くとプレシャスの顔があった。

「少し気分がすぐれないけれど、体に痛みはないよ」

 プレシャスの頭を撫でてあげると、頬をすり寄せてきた。くすぐったいけれど心に余裕ができた。体を起こすと視線の先に人の姿が見えた。


「イロハお姉様?」

「アイが倒れたと聞いて急いできました」

 抱きしめられた。この温かい感触はイロハ様で間違いない。

「夢の中ではなさそうよね」

 星空は何処にも見えない。部屋の中を見渡した。いつもの寝室だった。


「魔法を唱えたあとに、アイ様が倒れました。起きる気配もありませんでした。攻撃を受けた様子もなかったため、イロハ様を呼びました」

「心配してくれたのね。急に睡魔が襲って意識がなくなった」

「アイが倒れる直前に異変はなかったですか」


 倒れる前は七色パールを唱えていた。魔法は発動していた。普段と異なる状況を思い出してみた。気になる点があった。

「二つほど違和感があったよ。一つはペンダントトップが熱くなっていた。もう一つは体がだるくなった。一回目の七色オパールを唱えたあとに感じた」


「敷地内にあるワタシの加護は正常です。宝石魔法に異変があったのでしょう」

「イロハお姉様、何が原因か確認する方法はある?」

 今まで体調を崩すことはなかった。何が原因かをはっきりさせたい。

「方法はありますが、アイに少し辛い思いをさせてしまいます」


「このままだと宝石魔法を唱えるのに躊躇しそう。アイ様からもらった大事な宝よ。楽しく宝石魔法を唱えたい。だから辛くても平気」

「アイには覚悟があります。教えましょう。確認方法は簡単です。全ての宝石魔法を唱えるだけです。ただし異変が起きないようにワタシが加護します」


「ただ唱えれば平気?」

「威力を弱くして唱えるだけです。倒れるかもしれない恐怖心があるかも知れません。でもワタシがいるので平気です」

 イロハ様が私の手を握った。温かなぬくもりを感じた。心の中に安心感ができた。イロハ様の気遣いが嬉しかった。


「この状態で魔法を唱えればよいのね」

「ワタシが触っていればアイに危険はありません。好きなときに唱えてください」

「魔法を覚えた順番に唱えるね。最初は輝きオパール」


 宝石魔図鑑と、元となるルースが出現した。ハートシェイプが飛び出した。ハートシェイプに明かりが灯った。発動を確認できた。

「次の魔法は――」


 発動が確認できると次の魔法へ移った。順番に魔法を唱えた。最後の魔法は今日覚えた花びらスピネルだった。無事に全部の魔法を唱え終わった。私の体に異変はなかった。

「イロハお姉様、今の魔法で最後よ。何かわかった?」


「七色オパールのみ異変を感じました。アイが持っている本物の宝石と共鳴しました。妹が作った世界に存在していたからだと思います。七色オパールは素敵な魔法です。でも綺麗な魔法には棘があります」

「七色オパール以外の魔法は、今まで通り使っても平気?」


「危険はないです。七色オパールは特徴的な効果も感じられます。ですがブラックオパールとダイヤモンドはなるべく使わないほうがよいでしょう。ペンダントの加護も万能ではありません。アイの辛い姿は見たくないです」

 イロハ様が抱きしめてきた。


「迷惑をかけてごめんね。私はもう大丈夫よ。プレシャスもイロハお姉様を呼んでくれてありがとう」

「アイ様も落ち着いてきたようでよかったです」

「人間が来たようです。ワタシは帰ります。アイは今後も世界を楽しんでください」

 私に頬ずりするとイロハ様は消えた。


「誰かが来たみたいね。私には気配が分からない。プレシャスには分かる?」

「わたしもまだ気配を感じられません」

 イロハ様の気配感知は広範囲ね。この家に来る用事があるとすればマユメメイよね。


「私はどの程度寝ていたの?」

「もう少しで三刻の鐘が鳴ります。今、気配を感じました。大聖女です」

「食事の準備がまだだった。マユメメイが来る前に用意が必要ね」

 立ち上がろうとした。足の踏ん張りが利かなかった。ベッドに手をついて倒れるのを防いだ。思っていたよりも体が疲れているみたい。


「アイ様、無理はいけません」

「重心の位置を間違えただけよ。そんなに心配しなくて平気」

 プレシャスの頭を撫でてあげた。

 今度はゆっくりと姿勢を起こした。立ち上げって寝室の中で歩いてみた。急激な動きをしなければ大丈夫そう。プレシャスと一緒に寝室をあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る