第28話 戦いの訓練

「次は俺の番だ。たしか戦いの基礎が知りたい。それで合っているか」

「剣や盾の使い方を知らないのよ。あと魔物が怖くて動けなかった。少なくとも魔物から身を守る術が知りたい」

 イロハ様の世界を楽しむ。そのために必要な能力を身につけたかった。


「討伐依頼はビッグポイズンフロッグだ。駆け引きが不要な相手だが、アイは討伐自体になれていない。今日は棒きれを使って戦いの真似事だ」

「剣や盾は使わないの?」

「魔法の剣では、慣れていないアイには危ない。まずは体で動きを覚えてもらう。剣による打ち込みや相手から守る練習は、棒きれで充分だ」


「最初は慣れね。棒きれを探してみる」

 木が生えている庭の端に向かった。何本かの棒きれが落ちていた。素振りで重さを確認した。適度な長さがあって軽い棒きれを見つけた。

「私はこの棒きれにする。問題ないよね?」

「その長さがあれば練習には充分だ。俺はこちらの棒きれで戦おう」


 庭の中央に移動した。ライマインさんが片手で棒きれを構えた。いつでも攻撃して平気みたい。私も棒きれを握った。

「アイ様、無理はならさないでください」

「気をつける。ライマインさん、攻撃するよ」

 剣道を思い出した。実際の経験はない。ライマインさんに向かって突進した。


 片手だけで横に押された。棒きれが飛ばされた。転ばなかった自分を褒めたい。

「俺はまだ何もしていないぞ。魔物は待ってくれない」

「これからが本番よ」


 棒きれをしっかり握った。足を踏ん張った。棒きれを振りかざした。ライマインさんに受け止められて後ろに押された。足が宙に浮いた。体勢を立て直したけれど、簡単に棒きれが飛んだ。


「ハンター以外なら頑張っているほうだ。だがハンターなら足腰が弱すぎる」

「ライマインさんの言う通りよ。だから練習をお願いしている」

「手足は止めるな。まだ始めたばかりだ」


 棒きれを拾ってライマインさんに向かった。大ぶりはせずに相手の手元を攻めた。何度か打ち込んだけれど簡単に流された。五分と立たずに足が言うことを聞かなくなった。

 でも足を止めるわけにはいかない。ライマインさんに申し訳ない。踏ん張って、体ごと押し込んだ。


「アイも少しはやるようになった。だがこの程度では街道を歩けないぞ」

 押し返されて転んだ。でも棒きれは離さなかった。

 三十分ほど攻撃したけれど私だけが疲れていた。もう立っていられない。地面に座りこんだ。話す気力もない。


「アイ様、大丈夫ですか」

「今日はここまでだ。初めてにしてはよくやった。アイは体力がない。このままでは遠出も無理だ。魔物の恐怖は慣れるしかない。だが恐怖は忘れるな。油断は命取りになる」


 息が整ってきた。

「体力は徐々につけていく。少し休んだら、食事を用意するね」

「異国料理は楽しみだが、疲れた体で作れるのか」

「下準備ができているから平気。あとは温めれば完成よ」

 立ち上がれるだけの体力が戻った。プレシャスとライマインさんと家の中に入った。


 テーブルのある部屋にライマインさんを案内した。

 食事の準備を始めた。カレーを温めながらサラダを盛り付けた。鍋をかき混ぜるとスパイスの香りが漂った。匂いの再現性は高い。頃合いを見計らって火を止めた。料理が完成した。三人分を用意して運んだ。


「カレーライスという料理よ。改善の余地はあるけれど、美味しいから食べてね」

「スープに近い料理だがライスと一緒に食べるのか。匂いは独特だが食欲をそそる」

「別々でも混ぜても平気よ。辛いから食べる量は徐々に多くして」

「温かい料理だ。先に頂く」

 ライマインさんがスプーンを取って、カレーライスを食べ出した。最初は少しだけだった。二口目は量を多くしていた。


「味はどう? この国の料理に詳しくないから、好みの加減が分からない」

 私の好みで料理は作っている。万人向けかは不明だった。

「辛さに驚いたが美味しい。口の中に残るがまた食べたくなる辛さだ。味は濃いめで気になったがライスで調整できる。体も温まるし何杯でもいけそうだ」


「喜んでくれてよかった。今回の具は野草と肉のみなのよ。本当はこの中に野菜を入れたかった。味も濃厚になってさらに美味しくなる」

「畑作りはカレーライスの具にするためか。もっと美味しくなるのなら頑張れる」

「他の料理にも使いたいから、野菜が欲しかった」


「アイは魔法だけでなくて料理もできて凄い。異国出身なのに、この大陸の言葉も使えている。文字の読み書きもできるのか」

 イロハ様の力で会話と読み書きは自動変換される。イロハ様の世界を楽しく過ごすためにとても助かっている。


「簡単な読み書きはできるよ。この大陸やザムリューン国での教育はどの程度なの?」

「仕事柄ハンターは、文字が読めて最低限の文字は書ける。だが子供で教育を受けているのは貴族がほとんどだ。大人になっても商人以外は、読み書きが苦手だろう。アイは異国で貴族だったのか」


 何でも読んでしまうと驚くかもしれない。高価な本や貴重な資料は、読めても口に出さないほうがよさそう。

「普通の庶民よ。ただ物覚えがよかったかもしれない。カレーライスはいっぱい作ったから遠慮せずにお代わりしてね」

 ライマインさんはたくさん食べてくれた。料理を気に入ってくれてよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る