第19話 訪問者は大聖女
神殿を出たあとは寄り道せずに家へ向かった。
「プレシャスは大聖女様には会っていないのよね。でもずっと視線が合っていた」
「大聖女と関係があるのでしょうか。街を出たあたりから誰かに付けられています」
「気がつかなかった。魔物じゃなくて人間よね。誰なのか分かる?」
「隠れて確認します。アイ様から離れます。危険があれば魔法を使ってください」
「いつでも防御魔法を唱えられるようにする。確認をお願い」
足元にいたプレシャスが消えた。近くの茂みに隠れたみたい。何事もない素振りで道を進んだ。家までの中間地点くらいでプレシャスが戻ってきた。
「誰だか分かった?」
「先ほどまで一緒にいた神官です。どうしますか」
「ターランキンさんなら、私に用事があれば直接来ると思う。誰かに頼まれている可能性が高い。家の場所を知られても困らないから、このまま知らないふりで進む」
「殺気は感じませんが、注意だけはしてください」
何事もなく家に戻った。ターランキンさんもいなくなった。
誰の依頼なのか分からない。考えても仕方ない。夕食の準備を始めた。後ろのテーブルでプレシャスが寛いでいた。
ここの生活にも慣れてきた。夕食作りも早くなった。
「料理が完成したよ。あとは運ぶだけ。少し待っていて」
「アイ様、人間が近くに来ています。殺気は感じません」
「ターランキンさんへ尾行を頼んだ人と思う。殺気がないなら出方を待ちたい」
扉を叩く音が聞こえた。
「普通に会いたいみたい。念のためにプレシャスも来て」
玄関の扉を開けた。少女の姿が目に入った。神殿で会った大聖女様だった。後ろには護衛と思われる二人がいた。戦う素振りはなかった。でも威圧感が凄い。
「あなたがアイね。少し話を聞きたいの。あなたたちは外で待っていてね」
私の返事も聞かずに家へ上がってきた。拒否されるとは考えていないみたい。命令するのが当たり前のようね。家の中を探索されても困る。テーブルのある部屋に案内した。
「大聖女様が何の用事? 私は何も悪さをしていない」
今もまた私を見つめている。明らかに様子がおかしかった。
「気になって仮の姿で地上に来たのですか? イロハ様に会えて嬉しいです。イロハ様の近くにいるだけで心が満たされます。地上に来た理由を聞いても平気ですか?」
尊敬するような眼差しに見えた。甘えている雰囲気にもとれた。私をイロハ様と間違えている。訂正する必要があった。
「大聖女様、私はアイよ。他の誰でもない存在よ」
「護衛の二人は外で待機しています。隠さなくても平気です。この温かい気持ちになれるのはイロハ様だけです。前回のように、ワタシをマユメメイと呼んでください」
完全に勘違いしている。
「本当に別人よ。イロハ様も像と姿形が異なるでしょ。目を覚まして」
「そのようなはずはないです。イロハ様と使い魔様、この家にもイロハ様の気配を鮮明に感じます。イロハ様以外には考えられません」
本当に困った。イロハ様と会ったから気配を感じ取れるのね。別人と証明する手段が思いつかない。プレシャスに助けを求めた。
「アイ様とわたしは異国から来ました。イロハ様と似た雰囲気があるのでしょう。この大陸にはない宝石魔法が使えます。大聖女の考えは勘違いだと分かるはずです」
「本当にイロハ様ではないの? 宝石魔法を見せてくれる?」
疑っている目だった。宝石魔法を見せれば違う魔法とわかる。それだけで納得するか心配だった。イロハ様の魔法は神聖魔法だった。だったら適した魔法がある。
「宝石魔法を見せるね。回復魔法よ。違いを見て。真緑エメラルド」
緑色の粒子が出現した。綺麗に輝いた。
「知らない詠唱で魔法の性質も違います」
「アイ様はイロハ様とは異なります。大聖女なら異なる魔法と分かるはずです」
「仮に私が本物なら、姿を隠す意味はないでしょ。本当に私はアイなのよ」
悩んでいる。また私の顔を見つめだした。視線を逸らさずに見つめ返した。
「本当に違うの? 今までの態度は忘れて、他人に口外しても駄目なの」
急に声の質が変わった。でも今までとの落差が可愛かった。
「私は異国の生まれだから、大聖女様の地位や権力は知らない。私には同年代の少女にしか見えない。マユメメイとも呼べる。マユメメイがいると私も温かい気分になるよ」
「名前で呼んでくれるの? イロハ様以外では何年ぶりにもなるの。嬉しい。アイとは会ったばかりだけれど懐かしい感じがする。ワタシは国王にも大聖女様と呼ばれている。アイは特別なの。ワタシを名前で呼ぶ許可を与えるの」
「マユメメイと私はもう友達で、特別な関係ね」
「アイには心を許せそうなの。いつでもワタシをマユメメイと呼んで欲しい。周囲は大人ばかりで、気がいつも張っているの。外の護衛二人には気が許せる。でも普段は大聖女として振る舞う必要があるの」
甘えた声に戻っていた。元の世界で言えば中学生くらいだった。一国の重要人物になるには荷が重い。この家に来て息抜きができれば、それに越したことはない。マユメメイが私を頼ってくれて嬉しかった。
「いつでも遊びに来て平気よ。マユメメイからザムリューン国の話も聞きたい。でも外の護衛も心配していると思う。一度帰ったほうがよいと思う」
「明日の夜に遊びへ来ても平気? 日中は大聖女としての用事があるの」
「夕食を作っておく。そのときに護衛の二人も紹介して」
マユメメイが護衛を連れて街へ戻った。
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