屍竜の翼 その4

 あれから大体一週間、過ぎた。

 あの後俺はオルフェとミラベルに発見され、ゾーエの背中に背負われて馬車まで戻り、ローズ&メイ館へと帰ってきた、らしい。

 俺が正気を取り戻した頃には既に馬車は館の馬車溜まりに停まっていて、断裂した記憶に俺が混乱する中、オルフェは言った。

「気が付いた?」

「……オルフェ! オルフェウス!」

「良かった。思ったより傷は浅そうだ。流石に軍人は丈夫にできているね」

「どういうことだ? 一体何があった? どうして俺はここにいる?」

「そんなに一度に質問されても答えられないよ」

 何ごともなかったような風体で、オルフェは微かに笑みを浮かべる。

「ドリジャはドラゴンの叫びをそのまま受けてしまったんだ。心の弱い人間ならその場で発狂死してしまうような代物さ」

「なんだと!? ……そうだ、ゾーエが魔術が来るから防御しろと言っていた」

「そう。あれはドラゴンが発した魔術による攻撃だったんだ。……ま、詳しく話すのは夜になってからにしよう。僕は働いたからお腹が空いたよ」

 馬車を降りて館に入って行くオルフェを追いかけて、俺も降りた。……そこで俺は人影が足りないことに気付いた。

「そういえば、ミラベルはどうした?」

「うん、ちょっとね」

 

 その日の夜、館の使用人たちが休み始める頃にオルフェは俺を外へと案内した。

「人目に触れるとよくないからね。あと、納屋を開けて」

 互いに持ったランプのみを灯りに俺たちは館の敷地内にある納屋の一つに入り、家畜が曳く犂を入れるための戸口を開いた。むっとする土臭い納屋の中の空気が、夜の澄んだ空気と入れ替わっていく。

 ふと、何かの気配を感じて空を見た。夜空には月さえない曇りの夜だった。そんな中、非常に僅かな空気の震えと共に、空を何かが飛んでいる。

「来たね。ドリジャ、ランプを振って誘導しよう」

「おい、あれは、まさか」

「まぁ、すぐにわかるよ。……きっとドリジャは驚くよ」

 どうやらこいつには、俺がまだ驚いていないように見えるらしかった。

 それは俺たちのランプの明かりに吸い寄せられるように地表に降りてきた。鈍い、巨大な虫の羽音のような振動音を響かせて近づいてくる影は大きい。

 徐々に近づく巨大な姿に俺は身を固くした。だが奴は牛飼いに曳かれて搾乳を待つ牛よりもゆっくりと目の前の地面に降りると、今度は大木の幹のように節くれた四本の脚を突っ張らせて歩いてきた。

「う……!」

 ランプの小さな灯りが奴の顔を一部、照らし出す。石碑に描かれた姿はこれの醜さの半分も伝えているとは言い難いだろう。言葉で細部を言い表すのもためらわれるほどの穢れた獣の顔面が目の前に突き出された。

「怖いかい?」

「馬鹿を言え」

 反射的に答えたが、だしぬけにこれを見せられれば恐怖ですくみ上ったかもしれないとは思った。

「これがドラゴンの正体か。なんだこれは」

「『初期の死体魔術による自動操縦型複合精製ゾンビ』……と、専門家として名付けさせてもらうよ。もっとも、これはその成れの果てだ。僕がミラベルを接続して応急修理しなければまともに動くことさえできないようなガラクタさ」

「ミラベルと接続……だと」

「そうさ。とりあえず、説明はするから、早く納屋に入れよう」

 

 明かりをつけるのを一瞬躊躇うものがあったが、俺は意を決して納屋に並ぶ大きなランタンに火を灯した。

 俺の目の前に、ステラ・フラッグ卿とその軍団が遭遇したドラゴンが佇んでいる。その皮膚は爛れて崩れ、骨があちらこちらに露出している。巨大な翼の被膜には無数に穴が開いているし、肋骨の隙間から零れた黒い臓物や、これまた黒い爪と牙からは、密生植物の樹液から嗅いだものと同じ、胸をムカつかせる不快な臭気が漂っている。

「爪と牙には触れないで。まだ毒素が残存しているから」

「もう数百年は風雨に曝されているはずだろう。それでもまだ毒が残っているのか」

「そうさ。古の死体魔術師の技は凄まじいね。……ミラベル、出ておいで」

 呼びかけると、ドラゴンの巨大な頭部の付け根にある傷口が内側から裂け、そこからミラベルの白磁のように綺麗な顔が現れた。

「ただ今帰りましたわ」

「うん。おかえり」

 傷口は大きく引き裂かれ、そこから黒い粘液の糸を引きながらミラベルが出てくる様の悍ましさと妖しさに心臓が冷えるような気がした。

 驚く自分の心をなだめつつ、俺はミラベルの昼間との違いに気付いた。露出する手足の肌を覆っていた黒い包帯がなくなり、それだけではなく、ドレスの袖は力なく垂れ下がっていた。

「ミラベル、腕はどうした」

「ああ、取っちゃった」

「は?」

 こともなくオルフェが答えた。

「このドラゴンを操縦させるために切り落としてしまったんだよ。片方は尺骨が折れていたし、ついでに切ってしまおうと思ったんだよ。このドラゴンに入っていただろう霊体はとっくに蒸発しているんだ。だから代わりの霊体が必要だったんで、腕を切って神経系を繋ぎ合わせて、肉体的な接続を行ったわけだよ」

 そう言うとオルフェは揺らめく袖から伸びる、黒褐色の細い管を手に取って俺に見せた。

「こいつはドラゴンに元からあった疑似神経管さ。このドラゴン型複合ゾンビの全身に張り巡らされているよ。……ミラベル、切断するよ」

 オルフェが力を込めて掴んだ神経管を引っ張ると、腐った麻縄を引きちぎるようにそれは切れ、ミラベルの身体から離れた。

「んっ……」

「……痛む?」

「いいえ」

 両腕を失ったまま、力なく立つミラベルはそれでも表情の変わりなく応えた。

「痛覚があるわけではないの。ただなんとなく切断される瞬間の感覚が嫌だっただけ」

 覚束ない足取りで納屋を歩く様は、まさに正真正銘、悍ましき歩く屍であった。そんなミラベルは納屋の壁に背を付けるように置かれた古い椅子を見つけると、そこに音もなく座った。

「オルフェウス様、どうやら体が言うことを効かないの。ここに座っていてよろしいかしら?」

「ああ、いいとも。……腕を切ったのと外出したのとでかなり肉体の損耗があるんだ。霊体の操作を受けにくくなっているのさ」

 オルフェがそう俺に囁く。椅子に座ったミラベルは微動だにせず、灯りの影に蹲る姿は壊れかけの人形のようだった。

「……それでオルフェ、この古の時代から掘り出してきた化け物を貴様はどうするつもりなんだ」

「もちろん、研究するさ。こんな面白いものを見つけたのは伯爵の魔力増幅器を見た時以来だよ」

 目を爛爛と輝かせる弟のよどみない答えに俺は嘆息するばかりだった。

 

 その晩から数日が過ぎ、俺は身心に負った疲労が十分に癒えるだけの時間を過ごすことが出来た。

 ローズ&メイ館の蔵書庫から納屋へと引きこもり先を移したオルフェは、時折本館で細々と用事を足すばかりで食事さえ納屋に届けさせる始末だった。使用人たちは前にも増してオルフェの様子を気味悪がり、日が暮れると納屋の窓に灯る明かりを見ては顔を曇らせていた。

 そんな中、俺とオルフェ当てに一通の手紙が届く。それは海洋の旅に出ていたこの館の主であるオーラムセンからのものだった。

 それを読むと、どうやら季節の変わる頃には帰国するようで、あの賑やかで陽気な、色白の大男の顔が文面にも表れてくるようで心をくすぐった。

 ちょうどそんな手紙を受け取った時、オルフェが本館の食堂でわしわしと食事を腹に詰め込んでいる様子を発見した。

「んぐ、んぐ。やあドリジャ。んぐ。なんだいその手紙は」

「ものを食べながらしゃべるんじゃない。オーラムセンが帰ってくると」

「ふぅ。そうか。騒がしくなるね」

「客分でそう言うなよ。それで、お前の方はもういいのか」

 まだ皿に残っているベーコンとポリッジを、大きな銀のスプーンでかき集めて咥えるオルフェは、その最後の一口を堪能して頷いた。

「ふぅ。……うん。色々と分かったよ。ステラ・フラッグ卿はさぞ面倒な御仁だったに違いない。もちろん、敵対者にとっては、だけど」

「まさかそれが俺たちの先祖の誰かだった、なんて言わないだろうな?」

「まさか。その逆さ……詳しい話は納屋でしようよ。ミラベルもいるしね」

 俺たちは本館を出て納屋へと向かった。途中、使用人たちが敷地の隅から盗み見るような視線を送っているのが見えた。

 それを認めた俺にオルフェが言った。

「そんな顔をするものじゃないよ。いましばらくしたら主人が帰ってくるんだから。そうしたら僕らのことなんて適当にあしらうようになってくれるさ」

「……ま、そうだろうがな。好かん目だ」

 視線を振り切るように敷地を通り過ぎて納屋に入ると、中は以前に比べるとかなり取っ散らかった様相を呈していた。ただ、あのドラゴンの巨体がなくなっていたことでがらんとした印象はあった。

「いやぁ。やっぱり手慣れた器具や計器がないと大変だね。でも、得難い経験をしたと評価できるよ」

「お帰りなさいませ、オルフェウス様」

 中で待っていたミラベルが俺たちを迎える。その姿は以前と変わらないものに戻っていた。

「ミラベルの腕は直したんだな」

「うん、まぁ、その辺も含めて話すよ」

 納屋の中ではあったが、粗末ながら机と椅子が置かれ、机にはクロスの上に燭台を備え、ローソクから緑色の炎が細く上がっていた。さらに言えば壁際に引き寄せられてあった大きな刃を持つ牛惹き用の大犂に毛布が何枚も重ねられていて、即席のベッドとして使用されているのが伺える。

「お前、本館に行けば自分用の部屋があるだろうに、なんでこんなところで寝起きするんだ。健康によくないだろう」

「そうでもないさ、この納屋にはいろんなものが置いてあるんだ、まぁなかなか快適なものだよ。さて、ミラベル」

「はい」

「例の物をここに」

 言われたミラベルは陰に一旦引っ込むと、がらがらと音を立てながら俺の前に戻ってきた。

 音の正体は何かの器材を運ぶための押し車だった。がたのきたそれは床を転がすと酷く煩く鳴くのだ。その車の上に布にくるまれた一抱え程の塊があった。

「あのドラゴンを研究するために、僕はあのドラゴンを解体した。使用されている素材を可能な限り特定し、これは、と思って利用できるものを除いて処分したよ。保管は出来ないし、したところで利用しどころもないし」

「そうして残ったのがこれか」

 俺は塊を覆っている布を引きはがした。それは大きくて、薄汚れている動物の頭蓋骨めいた形をしていた。そこには初めて見た時の衝撃を思い出させるだけの印象をとどめていた。

 間違いなく、あのドラゴンの姿をしたゾンビの頭部だ。

「この頭骨は『本物』だよ。太古に棲息していた巨竜類の頭骨、その化石さ。これとよく似たものがアップルトンの王立博物館に収蔵されているよ」

 物言わぬ巨大な獣。髑髏の虚ろな眼窩を覗くと、表面が生きた動物の骨というよりも石のような冷たさがあることに気付く。

「逆に言えばこれ以外は全部作り物だったわけか。翼も、爪も、全部」

「うん。もちろん魔術的に強化したり繋ぎ合わせたりして素材そのものというわけではないけどね。しかし、この頭部が本物であることに意味があるんだ」

 オルフェが頭骨の背後に回り、そこに開いているだろう穴に手を入れる。

 ほんの僅かだがオルフェの唇が震えた、と見た途端、目の前の頭骨の虚ろな目から光が漏れ、何か目に見えない波のようなものが放出された。

「う……!」

 それに打たれた俺は、身体から力が抜けて意識が遠くなっていくのを感じた。これははじめてドラゴンと遭遇した、あの時の感覚と同じものだ。衝撃と恐怖がないまぜになった恐るべき浸食だ。

「っ……! オルフェ! こいつは!」

 呟きながら、俺はだんだんと腹に怒りが溜まってくるのを感じる。仮にも俺はセルジュゲイルの男だ。軍人、兵士、戦士として戦場で幾度も死線を潜っているんだぞ。

 それがこんな古ぼけた死骸の仕掛けで喪心する、そんな柔な己に腹が立つ。

 魔術の仕掛けを浴びながら、俺は歯を食いしばってドラゴンの髑髏を睨み返した。全身の筋肉が興り、胃の中身が裏返りそうだった。

「おお、流石ドリジャだ。魔術防御がない人間には到底耐えられないほどの念圧が襲い掛かっているはずだよ」

「分かっているなら、さっさとその装置を止めろ!」

 怒鳴りつけるとオルフェは素直に手を引っ込め、ドラゴンの頭蓋から放たれた不快な衝撃は程なく収まった。

「はぁ、はぁ、オルフェ、お前、手心はないのか?」

「いやぁ、ごめん。でもこれでステラ・フラッグ卿たちに降りかかった事態が何かは分かったでしょ」

「ああ、存分にな!」

 吐き捨てて俺は椅子に身を投げた。

「それでこの忌々しい頭でっかちは、何処のどいつがビッグレッドシャーに送りつけたんだ」

「さぁ。ただ、これが当時のビッグレッドシャーより西にある山脈でしか採れない素材をたくさん使っていることは分かった。だから」

「東で領地を接しているアーカンレイクのセルジュゲイルの人間が作ったものではない、か」

「そういうこと。おそらく西に当時あった領国のいずこかが、侵出激しいビッグレッドシャーを脅かすために送り出したものなんだろうね。それが巡り巡って現地のささやかな伝説にまでなったんだから、製作した魔術師にとっては自慢の種にはなるだろうね」

 だがそんな魔術師がいたとしても、既に数百年昔のことだ。

「湿地帯を汚染していた毒というのは何だったんだ」

「鉱物性の毒素でね、これも面白いんだが……ま、専門的過ぎるから省くけど、爪や牙にまだわずかだけど残存していたよ。製造当初の濃度であれば目視しただけで人を死に至らしめるだけの力があったかもしれないよ」

「それが本当なら、ステラ・フラッグ卿とその軍団は勇者の集まりだな。湿地帯に見るだけで意識を奪い、命を失う毒を放つドラゴンを封印したんだからな」

 いずれにせよ、記録に残された事跡はここに裏付けされたわけだ。オーラムセンの先祖はそれを誇るわけでもなく、自分の領地の発展に励んだ名君であったのだろう。

 オーラムセンの豪放で奇矯だが人好きのする性分を思い出すと、それは土地を良く治めた先祖の性質を今でも幾分か奴が備えているからなのかもしれない。

「ドラゴンを除いたのなら、湿地帯からくみ上げた水の浄化はいずれ必要ではなくなるのかもしれないな」

「どうかなぁ。泥水ばかりじゃ生活はよくならないし。その辺はオーラムセンの考えることだよ」

「そうだな。それでそのドラゴンの頭はどうするんだ? オーラムセンにくれてやるのか」

「それでもいいけど、たぶんオーラムセンは喜ばないよ」

 それもそうだな、と思った。オーラムセンは海の男だ。こんなを有難がるとは考えにくい奴だ。

「じゃあこれも処分か? デカくて面倒だな」

「ふふふ……そこで僕は考えてあるんだよ」

 オルフェは言うとそれまで無言不動で立っていたミラベルを手招きした。

「ドリジャ、もしかして僕がミラベルの腕をただ直しただけだと思っているのかい」

「は?」

「ミラベルの身体は脆弱過ぎるからね、そこに、ちょうど数百年経っても形態を保つほど丈夫なゾンビが手に入ったわけさ。これを利用しない手はない」

 ミラベルがドラゴンの頭骨に手をかける。すると、まるで粘土で出来ているかのようにドラゴンの頭骨は歪んだ。あの冷たく固そうな頭蓋が見る間に丸めこまれ、小さくなっていくのだ。

「ミラベルを通して僕の魔術で頭骨を整形しているのさ。……ほら、これくらい小さくなった」

 瞬く間に押し車一杯の大きさがあった頭骨が、大きな犬の頭蓋ほどの大きさまで縮小してしまった。しかもその形は元の大きさのそれとほとんど変わっていないのだ。

「ミラベル、それを頭にかぶってみて」

「はい」

 ミラベルの形のいい小さな頭部は、縮小したドラゴンの頭骨の中にすっぽりと納まっていた。

「よしよし、良いサイズに納まったね。じゃあ後は夜まで待とう」

「何故だ?」

「実験は夜やるに限るんだよ、ドリジャ」

 

 仕方ないので俺は夜まで納屋で過ごすことにした。

 小窓から入り込む陽光が次第に弱まり、山地から寒気が俄かに降りる夜半、ミラベルが納屋の中の各所に明かりを灯して回ると、オルフェは戸口を開いた。

「さぁドリジャ、実験の時間だよ。僕はミラベルに密かな不満を持っていた。彼女は脆弱な肉体を持って生まれ、そして死んだ。僕は彼女を愛しているが、肉体の弱さのために彼女と自由に出歩けないことには忸怩たるものがあったわけさ。それは今回ちょっとした遠出を実行したことではっきりしたのは、君も知っての通りさ」

「まぁ、そうだな」

 肌を包帯で覆わねば外を歩けず、一寸した衝撃で骨が折れてしまうほど弱いミラベルはなるほど、オルフェにとっては悩みの種ではあるのだろう、と俺は思う。

「しかして、死体魔術を用いてゾンビの肉体を強化するのは目指すところとはいえ、これがなかなか難しいのは、ペールギュンテ伯爵事件で君も知った通りさ。そこで」

「ドラゴンのゾンビを使ってミラベルの強化をした、と」

「その通り。だんだん君も分かってきたね。……単に強度を高めるだけでは素材がもったいない。僕はそこでミラベルに新たな機能を追加することにした」

 開いた戸口から俺たちは外に出た。星と月が見える良い夜空だ。

「ここにドラゴンが降りてきたのを見たように、あのドラゴン型ゾンビには単独で飛行する機能があった。霊体対流式質量反発術っていうんだけど」

「よく分からんな。翼があるから飛ぶんじゃないのか」

「翼で空を飛べるのは鳥くらいだよ。まぁ、空中の霊体を捕まえて物を浮かせる魔術があるってこと」

「ふーん。それをミラベルに組み入れたわけか」

「そうさ。それもあんな巨大なゾンビを浮かせることが出来るくらい強力な奴をね。……ミラベル、ドラゴンの頭を被るんだ」

「畏まりました、オルフェウス様」

 夜闇の中でミラベルが頭骨を被った。暗い中だが、包帯に覆われていない彼女の身体の薄さや白さが目についた。

 すると、ミラベルの身体に変化が起こる。体をぴんと張りつめさせたミラベルの身体から、肉を引き裂く様な不気味な音と共に、内側より何かが、突き出てくるのだ。

「ぁぁぁぁ……」

 ミラベルの口から洩れる声は、不安とも恍惚とも取れない。うららかな声が只押し出されたような無機的なものだった。

 そうする間にもミラベルの身体は変形を続け、腕がドレスの袖を押しのけ、身長に匹敵する長さに変化した。特に指が長く、爪が短剣のように鋭利になっている。さらに滑らかな肌の広がる背中からは肩甲骨を押し広げて翼が展開した。細く小さなミラベルの背中から出てきたとは思えないほど巨大な翼はどこか虫の脚のようでもあった。

「ぁぁぁ……はぁ」

 表情の窺えない竜骨の中でミラベルの息が漏れた。妖しくも意思の感じられない声だ。

「ドラゴンゾンビ・ミラベルと言ったところかな。さぁドリジャ、ミラベルの腕を掴んで」

「……は?」

「は、じゃないよ。今から飛行実験なんだから」

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