第9話 令菜さんの職業(令菜護衛2回目)
電車内はいつも通り、見渡す限りの人、人、人!
昨日と同じように列の最後尾に並んで電車に乗り込み、扉が閉まったところで令菜さんを寄りかからせてあげる。
電車が動き出したところで、不意に令菜さんが俺に尋ねて聞いた。
「そういえば、裕介君って、何か趣味とかあったりするの?」
「趣味ですか? そうですね……」
俺は顎に手を当てて考え込む。
趣味はエロゲをプレイする事ですとは、口が裂けても言えないし……。
そもそも、異性の女性に対して堂々と宣言するような趣味ではない。
俺はしばらく黙考してから、無難な答えを口にする。
「平日に見れなかったアニメとかを、休みの日にアマプラとかで見ることが多いですね」
「へぇーそうなの! なんか勝手なイメージで、裕介君はもっとアクティブに外で遊んでるのかと思ってたわ」
「まあ、友達と行きたい気持ちは山々ですけど、バイトしてないのでお金ないんですよ。ってなると、必然的にインドアな娯楽を探さざる負えなくなっちゃうんですよね」
「それなら、アルバイトすればいいんじゃない?」
「平日は部活で忙しいですし、シフトに入れたとしても、週一入れるかどうかなのでやらないんです。お店にも迷惑をかけることになってしまうので」
「お店側としては、常に人材不足だから、週一でも入ってくれるだけでありがたいと思うけどな」
「足手まといになりたくないんですよ。分からない事があった時に、アルバイトの先輩に助けてもらうのが申し訳なくて……」
「裕介君は責任感が強くて立派ね。それに比べて、私の部下と言ったら……もう少し裕介君を見習ってほしいわ」
そう言って、珍しくため息を吐く令菜さん。
「令菜さんの職場の部下は、やる気がないんですか?」
「そうじゃないの。ただ、職業柄コミュニケーションエラーが多くてね。責任を押し付け合うことが多いのよ」
「なるほど。大変なお仕事なんですね」
どうやら令菜さんは、随分とピリついた職場で切磋琢磨しながら働いているらしい。
すると、何かにはっと気づいた様子で、令菜さんが顔を向けてくる。
「ってごめんね! 変な事愚痴っちゃって」
「いえ、令菜さんの人間味が見れて、俺は嬉しかったのでむしろありがたかったです。信頼されてるんだなって思えたんで」
「そ、そう……なら良かったのだけれど」
慌てて、髪を耳へと掛ける令菜さん。
その耳は、真っ赤に染まっている。
「それでね裕介君。その……私の仕事の事なんだけど……」
令菜さんが意を決したように言い放ち、俺を上目遣い見つめてくる。
その視線に、俺は引き込まれてしまい、無意識に唾を飲み込んでしまう。
「その……私実は――」
キィィィィーッ!
刹那、昨日のデジャビューのように電車が大きく左右に揺れた。
「キャッ!」
「おっと……!」
俺はバランスを取ろうとして、思わず手を令菜さんの肩へ触れてしまう。
令菜さんは驚いたように目を見開いた。
直後、俺は咄嗟に手を離す。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫よ……」
ガタン、ゴトン……ガタン、ゴトン……。
電車の駆動音だけが辺りに響き渡る。
またやってしまった、二人の間に流れる気まずい雰囲気。
だが、ここで何か話題を変えてあげなければ、また昨日の二の舞になってしまう。
そう決意して、俺が顔を上げようとしたところで、トンと俺の肩に令菜さんが手を置いてきた。
令菜さんはそのまま俺の元へと顔を寄せ、耳元へ口を近づけてくる。
「れ、令菜さん⁉」
「あのね裕介君……私の仕事って、実は世間では褒められたようなことじゃないの」
「えっ……?」
「むしろ今裕介君が私にしてくれていることとは真逆のような仕事って言ったらいいのかしら。とにかく、あまり世間からしたらあまりいい目では見られる仕事ではないのよ」
「な、なるほど……」
「昨日裕介君は私のことを仕事ができるキャリアウーマンってほめてくれたけど、全然そんなことないのよ。幻滅させてごめんなさい」
令菜さんは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。
俺はすぐさま、今度は令菜さんの耳元で声を上げた。
「幻滅なんてしませんよ。どんな仕事かは分かりませんけど、俺には令菜さんが凄く大人びて見えました」
「裕介君……」
「だから、令菜さんは自信を持ってください。どんな仕事だろうと、俺は令菜さんがしていることを応援します」
俺がそういうと、令菜さんはふっとおかしそうに笑みを浮かべた。
「なにそれ。本当にそんな風に思ってくれているのかしら?」
「ほ、本当ですって! 少なくとも、俺は令菜さんが悪徳業者のセールスマンだったとしても、令菜さんの人間性を疑ったりはしません。だって令菜さんは、とても純真な人だから」
「なっ……」
少しキザすぎるセリフだっただろうか。
令菜さんが顔をゆでだこのように真っ赤にしてしまった。
「も、もう……裕介君はすぐにそうやっておだててくるんだから」
照れ隠しをするように、手櫛で髪を整える令菜さん。
しかし、どこか表情は嬉しそうで、まんざらでもなさそうにしていた。
令菜さんが落ち込まずに済んだことにほっと胸をなでおろしつつ、俺はとある疑問を頭の中で考える。
令菜さんは、俺がしているようなこととは真逆の仕事って言っていたけど、どんな仕事なんだろうか?
俺のしていることといえば、学生、護衛……真逆と言ったら、教授、攻撃?
まあ令菜さんも言いたくはなさそうにしているし、これ以上言及するつもりはないけど、俺の中で令菜さんの職業の謎はより深まるのであった。
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