第8話 令菜さんのボーダーライン(令菜護衛2回目)
翌朝、今日も令菜さんを護衛するため、一本早い電車に乗って、東川駅へとやってくる。
今日は改札前で待ち合わせしようとのことだったので、改札口の前に到着して辺りを見渡すものの、令菜さんらしき人物は見受けられない。
「あれ……? まだ来てないのかな?」
ひとまず、令菜さんが来るまで、改札前で待つことにする。
すると、一分も経たないうちに、令菜さんが颯爽と姿を現した。
「おはよう裕介君。ごめんね、待たせちゃったかしら?」
「いえ、俺も今来たところです」
「今日もよろしくね! ってことではいこれ、今日のお駄賃」
そう言って、令菜さんは手に持っていた缶コーヒーを手渡してくる。
「……」
俺が受け取るのを躊躇していると、令菜さんが首を傾げてくる。
「どうしたの? もしかして、缶コーヒーは嫌いだったりする?」
「いえ、そういうわけではなく、毎回何か貰ってるので、申し訳ないなと思いまして……」
「そんなことないわ。私は裕介君に護衛してもらっている立場なんだから、本当であれば、護衛代を払わなきゃいけないぐらいよ」
「いやいや、俺はそんな大層なことしてないですから!」
「私にとっては凄く助かっているの。でも、裕介君はそう言うと思ったから、これはせめてもの私の気持ちよ。だから、受け取ってくれると嬉しいな……」
「うっ……」
まるで、バレンタインのチョコレートを渡すような感じで恥じらいながら差し出されると、こっちも断るに断れない。
「わかりました。そういうことなら、ありがたく頂戴します」
俺が令菜さんから缶コーヒーを受け取り、さっと鞄の中へと仕舞い込む。
「ふふっ。ありがと。それじゃ、行きましょうか」
「はい……」
早速俺たちは改札口を通り、ホームへと続くエスカレーターを降りていく。
その途中で、俺は令菜さんへ声を掛けた。
「あの令菜さん、次回からは本当にお礼とかいらないので、気持ちは十分伝わりましたから。それに、俺だって、自分の意志でやってることなので、気にしないでください」
「そういうことなら、私だって好き好んでやってることなんだから気にしないで頂戴。それとも、迷惑だったかしら?」
「いえっ……そんなことは……」
「ならっ……!」
「⁉」
令菜さんがくるりと踵を返して、俺の唇に指を当ててくる。
突然の出来事に、俺はきゅっと身が引き締り、ドキっとしてしまう。
「元はと言えば、私が頼んだ事でしょ? 少しでも君に感謝の気持ちを何かしらの形であげたいの。だから、これぐらいさせて、ね?」
唇を動かしたら、令菜さんの指を口内へ咥えてしまいそうだったので、俺は口を結んだまま、こくこくと首を縦に振ることしかできない。
「よろしい!」
俺の反応に満足したのか、令菜さんはにっこりとした笑みを浮かべながら、俺の唇から指を離した。
ちょっぴり、唇に生暖かい感触が残っていて、無意識に唇を内側に入れて舌で舐めてしまう。
微かに、令菜さんの甘い味がしたような気がした。
「きゃっ⁉」
そんなことをしていると、いつの間にかエスカレーターがホームへと辿り着いており、こちら側を向いていた令菜さんは、降り口のところで足が突っかかって転びそうになってしまう。
「危ないっ!」
俺は咄嗟に令菜さんの腕をつかみ、そのままぎゅっとこちらへと抱き寄せた。
「大丈夫ですか?」
「あっ……ありがとう……」
「いえ……」
二人の間になんともいえぬ雰囲気が漂う。
はっと我に返ると、令菜さんの腰に手を回し、密着するような形になってしまっていた。
「あっ、ごめんなさい!」
俺は咄嗟に令菜さんから手を離して、謝罪の言葉を口にする。
「ううん。むしろ転びそうになったの私を助けてくれてありがとう。さすが私が見込んだ護衛だわ」
「そういって貰えるのはうれしいですけど……その……大丈夫ですか?」
「ん、何が?」
令菜さんは、本当に何のことかわからないといった様子でキョトンと首を傾げている。
「いえ、何ともないならいいんです」
「ん? よく分からないけど、助けてくれてありがとう。それじゃ、乗車口に並びましょ」
「は、はい……」
エスカレーターの出口に立ち止まっていては邪魔なだけなので、すぐさま俺と令菜さんは、乗車口へと向かって歩いて行く。
令菜さん……俺が触れちゃったのに怯えてなかったな。
昨日の壁ドン未遂で、令菜さんの心の中に何かしらの変化があったのか?
それともただ単に、電車内じゃないから触れられても平気なだけなのか?
真相は、令菜さんのみぞ知る。
それはともあれ、俺は令菜さんの後ろを歩きながら、思わず自身の手に残る感触を思い出してしまう。
令菜さんの腰、凄いしなやかで引き締まってたなぁ……。
昨日腕を引いた時よりも、強いスキンシップを取ってしまい、ついそんなことを脳内で考えてしまうほどに、乗車前から刺激の強い朝になってしまった。
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