第4話 護衛前の朝
翌朝、俺は普段よりも早めに家を出て、待ち合わせの駅である
そのまま、駅の改札口へは向かわず、俺は令菜さんの連絡があった通り、駅ビルの中に併設されているスターバへと向かう。
スターバの店内へと入り、辺りを見渡すと、窓際の席に座りながらノートPCを開き、朝日を浴びながら黙々と何やら作業をしている令菜さんの姿を見つけた。
カップを手に取り、優雅にコーヒーを啜る姿はとても大人びていて、様になっている。
俺が見惚れていると、気配に気が付いたのか、令菜さんが顔を上げてこちらを見つめてきたかと思うと、パッとにこやかな表情を浮かべてこちらへ手を振ってきた。
俺がぺこりとお辞儀をしてから、令菜さんの座る席へと向かっていく。
令菜さんは、優しい声音で挨拶を交わしてくる。
「おはよう裕介君」
「おはようございます」
「座って頂戴。まだ時間あるから」
「はい、失礼します」
俺はバッグを床に置き、向かい側の椅子へと腰かける。
すると、令菜さんがテーブルの上に二つ置いてあった紙カップの一つを、こちらへと差し出してくる。
「どうぞ、飲んで頂戴」
「えっ……⁉ で、でも……」
「あら、もしかして、コーヒー苦手だった?」
「いえ、そういうわけではなくて……」
「なら、遠慮しなくていいわ。今日から護衛についてもらう対価……にしては少ないけど、私からの気持ちよ。受け取ってもらえると嬉しいわ」
「は、はぁ……分かりました。それじゃあいただきます」
俺はペコペコとお辞儀をしながら紙コップを受け取り、恐る恐る飲み口からコーヒーをズズズっと啜っていく。
スターバのコクのあるコーヒーの香りと、ほんのりとした苦みが口の中に広がる。
「うん、美味しいです」
「砂糖とミルクは必要なかったかしら?」
「はい、コーヒーならブラックでイケます」
「凄いわね。私なんて、砂糖スティック二本無いと飲めないのに」
令菜さんはそう言って、自身の紙コップを手に取り、コーヒーを啜る。
その様子がおかしくて、俺は思わずふっと笑ってしまった。
「ど、どうしたの? 何かおかしかった?」
「いえ……令菜さんみたいな大人の人って、コーヒーはブラックで飲むのが醍醐味なのよとかうんちく言いそうな感じだったので、ちょっと可愛くて……」
「もう、からかわないで頂戴。大人だって苦手なものは苦手なのよ」
令菜さんは、恥ずかしそうに顔を染め、頬をぷくりと膨らませて、抗議の視線を向けてくる。
俺は一つ咳払いをしてから、話題を変えるように、テーブルに置かれていたマックブックを指差した。
「お仕事ですか?」
「えぇ、今日の予定のチェックがてら、メールの返信をね」
そう言って、令菜さんはPC画面に目を移し、素早いタイピングで返信文を入力していく。
「なんか、仕事がデきる女性って感じで、カッコイイですね」
「本当に? そう見えるかしら⁉」
何の気なしに言った言葉だったが、令菜さんは相当嬉しかったらしく、目をキラキラと輝かせている。
「えぇ……まあ」
令菜さんに可愛らしい目で見つめられ、恥ずかしくなった俺は、お茶を濁すようにして適当に返事を返し、コーヒーを啜って誤魔化した。
「そっかぁ……私、キャリアウーマンに見えんだぁー」
両頬に手を当てて、身体をもじもじとさせてにやける令菜さん。
ポワポワーっと、令菜さんの身体からお花が浮き出ているみたいで、なんだか見ていてちょっと微笑ましい。
「仕事出来るように見られて、そんなに嬉しいんですか?」
「そりゃもちろん! ほら、私って見ての通りほんわかというかおっとりしてる雰囲気を醸し出してるでしょ? だから、周りからも『マイペースそう』とか、『てきぱき仕事出来なさそう』とか言われることが多いの。だから、キャリアウーマンっぽいって言われたのは、裕介君が初めてよ!」
「そうですか、令菜さんの初めてになれて嬉しいです」
「もう、そんなおだてても、コーヒーもう一杯奢る事しかできないぞ!」
そんなことを言いながら、バシバシと俺の肩を叩いてくる令菜さん。
まあ実際のところは、朝から喫茶店でコーヒー片手にPC作業する姿が格好いいと思っただけで、令菜さんが仕事の出来るキャリアウーマンかどうかを差したわけではなかったのだけれど、彼女が喜んでいるのであれば、そういうことにしておいてあげよう。
すると、令菜さんは腕を時計に視線を向け、はっとした様子で顔を上げた。
「いけない。気づいたらもう電車の時間が迫ってるわ。早く向かいましょ、裕介君!」
「はい。えっと……コーヒーご馳走様です」
「平気よ。今日から車内で守ってもらうんだから、これぐらい構わないわ」
令菜さんが手早くテーブル周りを片付けている間に、俺は残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「カップ片付けてきます」
「ありがとう」
令菜さんの空きカップを受け取り、俺はゴミ箱へと向かって行き、プラスチックと紙カップ類でそれぞれ分別をしてゴミを捨てる。
席に戻ると、令菜さんは片づけを終え、鞄を肩に掛け、準備万端と言った様子で待っていた。
「それじゃ、行きましょ!」
「はい」
こうして、俺と令菜さんは、朝の通勤電車という戦場へと乗り込むため、駅のホームへと向かって行くのであった。
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