第3話 約束の後の日常
令菜さんとの約束を取り付け、俺が学校に到着したのは、昼休みも終わりに近づいた頃だった。
教室へ足を踏み入れると、ドア付近で駄弁っていたクラスメイト達が一瞬、奇異な視線を向けてきたものの、俺だと認識した途端、手を上げて挨拶を交わしてきてくれる。
「よっ裕介、今登校か?」
「おはよ。まっ、そんな感じだ」
そんな挨拶を交わすと、クラスメイト達はすぐに興味を失った様子で雑談へと戻っていく。
まっ、仲の良いクラスメイトでなければ、遅刻した理由を特に聞かれたりもしないので気楽だ。
俺が完全にクラス内に溶け込み、自席へと向かっていくと、隣の席でふて寝する
「よっ、聡太」
俺が声を掛けると、聡太がゆっくりと体を起こし、目を擦りながら眠そうな目でこちらを見つめてくる。
「あれ、裕介⁉ なんでいんの?」
声を掛けてきたが俺だと分かると、聡太はあからさまに驚いた表情を浮かべた。
「なんだよ、俺はクラスにいちゃダメな存在なのか?」
「そうじゃねぇって。てっきり、今日は裕介休みなのかと思ってたから、声掛けられて驚いただけだ。もしかして、今登校してきたのか?」
「まあな」
「こりゃ随分と重役出勤な事で」
「仕方ねぇだろ。こっちも色々とあったんだよ」
「色々って?」
「そこは察してくれ」
「なんだよそれ、まっ、どうでもいいけどよ」
聡太は不満げに口を尖らせたものの、それ以上は追及してこない。
こういう、人のプライベートに干渉してこない聡太の性格が、今日はとてもありがたかった。
まあ、朝から痴漢女性を助けて事情聴取を受けていたなんて、あんまりいい話じゃないし、令菜さんだって、他の人にあまり聞かれたくないような内容だろうから、彼女の名誉のためにも言わないことが賢明だろう。
「ってか、午後から登校するぐらいなら休めばよかったのに」
「いや、そう思ったんだけどよ。普通に部活もあるし、親にも言わず無断欠席は後々面倒だろ?」
「真面目だな。俺だったら普通に『えっ? 今日は部活休みだったから、普通に授業受けて帰ってきただけだけど?』とか、『体調悪いから早退してきた』とか、適当にはぐらかすけどな」
「お前のそういうクズいところ、尊敬するわ」
そんな他愛のない話をしていると、後ろからタッタッタっとこちらへ近づいてくる軽やかな足音が聞こえてくる。
「あれー? 裕介が学校来てる!」
声を掛けてきたのは、クラスメイトの
スポーディーなボブカットが特徴的な、クラスの元気印みたいな奴だ。
「よっ、春海」
俺が手を上げて挨拶を交わすと、春海は俺の前に立つなり、申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「来てくれて助かったー! 数学の課題終わってる? 悪いんだけど、計算式写させて!」
いきなり何をしてくるのかと思いきや、開口一番ノートを媚びってきやがった。
「お前な……昼休みまでの間に、いくらでも自分で解く時間あったろ?」
「だってぇ、面倒臭かったんだもん。それに、今日提出でしょ? 次提出しないと補習に引っ掛かって部活に参加できないんだよ! お願い裕介! 私を助けると思って……ね!」
「ったく仕方ねぇな。写したらちゃんと返せよ?」
「ありがとー裕介! やっぱり持つべきものは、課題をちゃんとやってくれる親友だねー」
「そんな友情今すぐ消し飛んでしまえ」
ったくコイツは、俺を何だと思ってるんだ。
「冗談だって、私と裕介は、戦友だよん♪」
「はいはい。もういいから、ととっと写してこい」
俺がしっしと手で振り払うように促すと、反応が薄かったことがお気に召さなかったらしく、春海がむぅっと頬を膨らませた。
「もーっ、裕介の反応つまんなーい」
「じゃあ、そのノートは没収な」
「あぁ、嘘嘘! ごめんってば!」
「ほら、早くしないと、昼休み終わっちまうぞ」
「はぁ-い」
春海は渋々といった感じで、俺のノートを手に取り自席へと戻っていく。
「お前も大変だな」
隣でやり取りを見ていた聡太が、他人事のように言ってくる。
「ったく、春海の奴、少しは自分でやる努力をしろっての」
「まあまあ、それぐらい、お前の事信用してるってことだろ」
「ただの便利屋としか思ってなさそうだけどな」
「あははっ……こりゃ春海も大変だわ」
「何が?」
「別に、こっちの話だ」
「ん?」
俺が首をかしげるものの、聡太はすっと視線を前に向けてしまう。
「まっ、自分の心に問うてみな」
この話は終わりだといった様子で、聡太は無理やり話を切り上げる。
どうやら、答えを教えてくれる気はないらしい。
結局、春海がどうして俺ばかりに頼み込んでくるのか理由はわからぬまま、俺は午後の授業から普通に学校生活を送るのであった。
◇◇◇◇
「おはよう」
私が職場に到着したのは、お昼休み真っ只中。
職場の人たちへ挨拶を交わしながら自席に着くと、部下である
「おはようございます令菜先輩!」
「おはよう恵ちゃん」
挨拶を交わすと、恵ちゃんは、キョロキョロと周りに人がいないことを確認してから、小声で話しかけてくる。
「先輩、大丈夫でしたか? 痴漢被害にあったって……」
私も、恵ちゃんへ小声で返事を返す。
「えぇ……大丈夫よ。今日は助けてくれた人がいたから」
そう、私は偶然乗り合わせていた高校生に、助けてもらったのだ。
「もう、気を付けてください。いつどこで卑劣な男共が先輩を狙ってるかわかりませんから」
「心配してくれてありがとう恵ちゃん。でも、しばらくは大丈夫だから、安心して頂戴」
明日から私は、裕介君と一緒に電車に乗車してもらい、護衛してもらう約束を取り付けたのだ。
男の人はまだちょっと怖いけど、裕介君みたいな勇敢で正義感の強い子が隣にいてくれれば、私の心配も少しは和らぐだろう。
すると、恵ちゃんが眉間にしわを寄せて腕組みをした。
「にしても、痴漢とか本当に最低の行為ですよね。これだから男という生き物は……」
「こらこら、全員がそういう人なわけじゃないんだから、そんな怖い顔しちゃだめよ」
社内の男性陣をぎろりと鋭い視線でにらみつける恵ちゃんを注意する。
「私にできることがあれば、何でも言ってください!」
「ありがとう恵ちゃん。いつか助けが必要になったときは、そうさせてもらうわ」
「はい! では、午後からご指導のほどよろしくお願いします」
「えぇ、よろしくね」
言いたいことを言い終えて、恵ちゃんが満足した様子で自身のデスクへと戻っていく。
私はほっと一息つき、スマホを取り出して、交換した連絡アプリの新しい友達の欄を見つめる。
そこには、『ゆーすけ』とひらがな表記で表示された名前が書かれていた。
今日の彼が起こしてこれた行動を思い出すだけで、胸が熱くなってきてしまう。
明日から、あんなに頼りになる男の子に護衛してもらえるのだ。
安心感が半端ない。
「ふふっ……」
無意識のうちに、私は軽く笑みを浮かべてしまう。
ちょっぴり、楽しみな気持ちを心に秘めつつ、私は明日の待ち合わせ場所を伝えるため、彼とのトーク画面を開き、メッセージを打ち込んでいくのであった。
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