04
『いいのかよ。このままで』
「どうしようもない」
彼女の身体は、いま、ホスピスのベッドの上。昏睡。目は覚めない。
そして、彼女のこころは、まだ、自分の部屋のベッドの上。彼女は、そこにいる。
『死亡通知だけなのか?』
「ああ」
いま、彼女に会えば。離れがたくなる。
だから、会わない。
部屋の状態と彼女の身体を、違う場所から見てるだけ。
彼女は、この世に未練がある。だから、まだ、部屋に。
会いたい。でも、会うべきではない。
彼女は、狐に渡った。
正義の味方としては、一刻もはやく処理すべきだった。しかし、彼女は、自分に。
いや。自分が、安心したいだけなのかもしれない。こころと身体が分かれてしまっても、彼女は、たしかにそこにいる。自分が手をくださなくても、いずれは。
『おまえ、大丈夫か?』
死亡通知の策は、自分が考えた。
彼女にとって、いちばん大事なもの。それを考えて、自分だと、思い至ったから。自分の死を、彼女に示す。それで彼女は、ひとの世の未練をなくして、いなくなる。そのあと狐を狩れば終わり。
それでも、彼女は。粘っていた。
『おい』
「ごめんきいてなかった」
『大丈夫じゃないだろ、おまえ。顔が』
「顔?」
『笑ってるぞ、おまえ』
「はは」
不利か。そうかもしれない。
彼女に言われたことがある。ゲームをしてるときだったか。
不利になってると、笑うんだね。
実際、ゲームの有利不利を彼女は自分の顔で判断してたらしい。
「彼女は、パーソンシューティングしかやってなかったから」
彼女は、射撃対戦ゲームで。自分は、シミュレーション対戦ゲーム。
「初めて会ったのは、ゲーム売り場でさ」
新作がたくさん発売する日だった。
「彼女と自分の並んでる列が、実はそれぞれ逆で。俺と彼女は、それぞれ違うゲームを買っちゃって」
店を出たところで、ふたりして同時にため息をついた。そして、お互いに目を見て、見つめ合って、互いの状況を理解して。
「それからの仲なんだ」
とりあえず近くの喫茶店で買ったゲームを見せ合って、1週間後に返す約束して。お互いにゲームを交換して帰った。
「1週間後にまた会ったとき、またふたりとも同じ顔しててさ」
目の下がくまで。ぼさぼさの頭で。
言うことも同じだった。
あと1週間待ってくれ。
そんなこと言って。
喫茶店で眠気覚ましのコーヒー飲んで、また1週間後に会う約束して。
「はあ。昔のことばかり思い出すな」
『おい』
「なに」
『泣くなよ』
「泣いてないよ。わかるだろ」
笑ってた。
人間は、こういうときも、笑うのか。それとも、自分だけが、おかしいのか。
笑っても、どうしようもない。
逆か。どうしようもないから、笑うしかないのか。
彼女はいま、メイクをしていた。部屋を出ようとしている。
彼女が、部屋を出たら。
全てが終わるのだろうか。
ホスピスの彼女の身体は。部屋を出た彼女のこころは。
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