第十五部 第9話 現実と事実
「コレが戦場・・・」
それは初陣を生き残った兵士の大半が口にする、あるいは脳裏を過る言葉だった。機体性能には大きな差があった。何より、個としての強さではなく、部隊としての強さは圧倒的な数的不利を跳ね返すに十分だった。ふとモニターに映るロンの姿に目を移すと、音声こそ流れては来ないが上機嫌に見える。ボルドールにとってそれは少し羨ましく見えた。
〝強さ〟に酔いしれたと言うべきだろうか?戦場における強さには一種の麻薬めいたモノがあるように感じる。実戦に出るまでずっとシミュレーターで訓練を続けてきた。その過程で上手くいかないことやロンに後れをとることはあった。そしてそのことに〝悔しさ〟を抱くことももちろん当たり前にあった。だがそれを感情に任せるようなことはせず、自身の成長に繋がるように自身をコントロール出来ていた。「訓練どおりに。慌てる必要は無い。ミリアークを信じればいい」そう自分に言い聞かせ、感情をコントロールして戦場に出た。
戦闘開始当初はロンと比べても自分の方が上手く戦況を操れていると考えていた。むしろロンは、戦闘における自分たちの強さに陶酔しているように見え、事実としても強かった。ミリアークの構築した
素直にその強さに酔えなかったのだろうか?それとも、相手となった
「舐めてくれるなっ!」
あの最後の局面で、確かに自分はそう叫んだ。叫んだところで相手に聞こえるはずもない。その声を聴くことができたのは、その声の持ち主である自分だけだ。なら自分を奮い立たせるために叫んだのだろうか?
「戦いには勝利したが、闘いには負けた・・・のか?」
自分は純粋なパイロットではないと自分に言い聞かせればいいのだろうか?
「ふっ・・・何をどう言ったところで、虚しいだけだな・・・それよりも・・・」
最後のアレはなんだ?パイロットではなくとも、これまで多くのMAを目にしてきた。映像ではあったが、実戦におけるMAの動きだって同じことだ。もちろん、機体の稼働データは穴が開くほどに見ている。だからこそ、ミリアークに聞いていたとは言え、実感としてNLBMにパイロットが乗っていないことが分かる。あの急激な緩急のある速度は人間に耐えられるソレをはるかに超えている。その反面、OSプログラムやAIと言った〝機械的〟なモノで対処できる動きだとは思えない。
以前に
NLBMに人が乗り込むような余地は無い。Hanielと比べて2回りほど小型であることもそうだが、何より図面にその部分が記載されていなかった。図面に描かれた胴体部分には、目的が明記こそされていない空間が存在していた。そこは人が乗り込めるようなスペースでないのはすぐに分かる。ならソコに〝搭載〟されるモノはナニか?従来のMAであれば制御を司るコンピューターが納められる箇所であり、従来のMAよりは大きな空間が確保されているソコに収まるモノ。
「人の脳を使った有機コンピューター・・・それも
人類史において、戦争という時代を背景に非人道的と言える行いが成されたことは少なくない。おそらくこのコンピューターを作り出したことはソレに該当する行為だ。自分たちにとって不都合となるそのNEXTたちの思考を、プログラムという観点から規制をかける。言い方を変えれば〝洗脳〟なのだろう。そしてその脳にMAという〝身体〟を与えたワケだ。コレは身体の全取替という究極の人体改造と言えばいいだろうか。自分の身体をいじくりまわされ、最終的に機械の身体を与えられたそのNEXTたちは、自らの意思と関係なく、そのNEXTとしての能力を最大限に活用する殺戮兵器として戦場に送り込まれる。それが人の心にどんな影響を及ぼすのか、想像するのも寒気がする・・・イヤ、当の本人にはすでにそのとき、そういった感情を持ち得ることができないか。
個人の意思など関係なく物事が進んでいく。それが戦争だということを思い知ったボルドールは、あの瞬間はどうだった、このタイミングでどうしたと興奮気味にモニターの向こうで話しかけて来るロンに、うわべだと悟られているだろうかと思いながらも相槌をうちながら、その深淵では戦争という存在が人間に与える影響をその身で直に感じることとなった。
ボルドールが心中で葛藤に苛まれていたとき、Hanielの隣を同じ方向に移動する
「オレたち初陣としちゃぁ、かなりヤったんじゃないか?この機体なら誰が敵だろうと負ける気がしないね」
結果だけ見れば、ロンとボルドールの2人だけで、
「ロン?気付いていますか?このMAの正体に」
「ん?・・・ああ、オレだってGMの責任者だぜ?そもそもミリーからすりゃあ、オレたちが気付くコトなんて承知してるだろうさ。だったらコレはヒミツでも何でもない。問題なのは、オレとオマエが伸るか反るか、だ」
おそらく、ロンとボルドールはコレでバランスのいいコンビなのだろう。2人は知らないが、事実、ミリアークはそう思っている。ミリアークからしてみれば、彼ら2人の〝コンビ〟を見越して、これまでもこれからも物事を進めているはずだ。
「これが彼女の言った〝悪と罵られようとも〟っていう覚悟なのですかね・・・そういう意味では、一番覚悟が足りなかったのは私・・・ですね」
「いいや、そうでもないさ。オレだって覚悟ってほど大げさなモンじゃない。ただ戦う人数が圧倒的に少ないオレたちとしちゃ、他の連中と渡り合うのに必要な手段だって割り切ってるだけ、かな?」
ロンの告白が意外だと思いつつ、「それが覚悟っていうものだ」と聞こえるとも思えない音量でつぶやいた。きっとそれはロンに聞かせるための言葉ではなく、自分に言い聞かせるための言葉だったのだろう。
覚悟の有無にかかわらず、その善悪も問わなければ、今回の防衛戦で明確な戦果を得た。この戦果は内外ともに大きな意味を持つものだ。外に向けては〝圧〟となり、内に向けては〝揚〟となる。特に、己の利のためBABELに名を連ねた者に向けては、最大の懸念であった武力による抑制に怯える必要が無くなった。バカな考えを持つ者なら、この力を使って自ら(と言っても当の本人は何もしないだろうが)が武力征服を描いても不思議は無い。
「目先に囚われず、その先を見る・・・か。言うほどラクなことではありませんな。私はミリアークに追いつけるのでしょうか・・・」
「追いつけるかと言われたら確かにラクじゃないな。まぁ、後ろ姿を見失わない程度にはついていこうじゃないの」
ロンの内面とウラハラなカルさを帯びた物言いが、ボルドールの葛藤には心地よかった。
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