第十五部 第8話 輝き
「な、何がおこ・・・」
全天周モニターの正面一杯に光が広がりきった瞬間、最後の言葉を全て言い終えるよりも早く、隊長機のコクピットを
その瞬間が訪れるまで、
突貫を仕掛けた7機は精鋭集団であるFallen’sの中でも特に優秀なパイロットたちだ。その彼らが選んだ戦闘は〝個人戦に持ち込む〟ことだ。その目論見は正しく機能した。誤算があったのは、
隊長機に道を開けるためNLBMに組み付いたMAは4機だ。最初、その試みは上手くいったように見えていた。実際、残されたNLBM1機に対する障害は何も無かった。通常、MA戦闘で斬り結ぶことはあっても取っ組み合うことなど皆無だ。仮にそうなったとしたなら、そこに必要なのはパイロットの技量だが、これをAIなどで自動化することは不可能。近接格闘戦ではなく、〝0距離格闘戦〟こそが、Fallen’sの勝機だった。
Fallen’sの隊長はビームサーベルを引き抜き、そのトップスピードのままに斬りつけた。MA戦闘において斬り結んだ瞬間の対と成る2機に生じた速度差が大きい場合、スピードで負けた側は後進を余儀なくされる。斬り結んだ状態を維持したまま後進速度を調整し、相手のスピードを緩和させる必要があるのだが、これが互いにビームサーベルであった場合(その割合は高い)は少々事情が異なってくる。
人間が手にする斬撃兵器(剣やサーベル、刀)には全て〝鍔〟が存在するのに対し、ビームサーベルにはソレが無い。鍔は斬り結んだ刃が刃渡りを起こしたときに、その武器を握る手を守るためのものだが、それが無いビームサーベルの場合、ある程度経験を積んだパイロットならば、この斬り結んでいるサーベルの角度や動きに合わせた絶妙な操作を行う。
それはFallen’sがビーム刃を相手のマニピュレータ目掛けて走らせようとした矢先のことだ。何が起こったのか理解できなかった。目の前からNLBMが姿を消したことと、ビームサーベルを握って斬りつけた右腕が斬り飛ばされたのが同時だったように思えた。ふと横を見ると、〝今〟と表現した方が適切な直前まで目の前にいたNLBMは、その両手にビームサーベルを握りしめている。
斬り結んだ状態を維持したまま、その右腕をその場に残すようにしてソコ以外の機体部分を超高速で回り込ませたと同時に左腕でビームサーベルを振るった。問題は斬りつけた箇所が右腕だったことだ。それが出来たのならば、右腕ではなく胴体を、もっと言えばコクピットを狙えたはずだ。
頭が目の前で自身に起こっている事象を理解することができない。ただ愕然とした目が改めてNLBMを見た。パイロットのソレに合わせるかのように、機体も横に居るNLBMに向き直る。が、驚いたことに四肢がついてきていない。視界の左隅で、モニターに映る自機の四肢が宙に留まったままだと認識した瞬間、まるでそう認識するのを待っていたかのように切断面から小規模ながら爆発が起こった。
「クスス」
少女の笑い声が聞こえた気がした。正真正銘、手も足も出ない、成す術の何も無い機体に向かって、2本のサーベルを刺突に構えたNLBMがゆっくりと迫り、そしてそのままコクピットを貫いた。
ほぼ同時に5つの火球が暗い宇宙に輝いた。その火球を目にした者たちが、その火球と成った者たちがその瞬間に何を感じ、何を見たのかを知る由もない。隊長機を含む5機のMAがほぼ同時に撃破されたのを最も近くで目にしたのはエイタとアーサの2人だった。その一部始終を目にしていたのに見えていなかった。脳が見ることを拒んでいた。ただ夜空のさらに上、宇宙にほのかな明かりを灯した火球を見るともなく見つめていた。その胸中では、よほどNLBMの動きが信じられなかったのだろう。「自分たちが命を散らすときの火球は、地上から見えるのだろうか?それが星の瞬きに感じられたらいいのに」などと、現実を直視できない逃避にも近い思考がゆっくりと駆けていた。
「エイタ、アーサ・・・聞こえるな?すぐに全機を撤退させろ。殿はFallen’sだ。いいな?全機撤退だ」
戦闘宙域から外れた後方で、オスクは冷静を保っていた。敗軍の将であるにもかかわらず。オスクの目に映った火球は、それがどちらのどの機体なのかを知らせることはなかったが、同じブリッジ内に座しているオペレーターからの「Fallen’s1番機・・・ロスト」の声が、そしてモニターに移されている出撃機を示すマーカーが暗くなっていることが、火球となった者が誰なのかを知らしめていた。前方から見える光景を見る目はサングラスで隠されているものの、〝見る〟ことを義務付けられた者であるかのごとく、視線を背けることも、瞬きすることさえも許されていないかのように凝視し続けている。ふと気が付くと、冷静と言う割に口元では下唇が嚙み切れるのではないかと思うほどに、まるで万力の圧力を最大で維持しているかのうようだ。口中にわずかな血の味を感じていなければ、そのまま噛み切っていたかもしれない。
「各オペレーターは敵機の動きと僚機との距離に最新の注意を払え。距離か縮むようならすぐに声を上げろ・・・砲撃手!聞こえたな?声が上がれば全弾撃ち尽くすつもりでヤツらを押し留めろ・・・これ以上失うワケにはイカン」
オスクは優秀な男だ。何も今の地位に至るまでミィントの庇護下でのうのうとしていたワケではない。むしろ、有能だったからこそ、例えその戦闘で負けることが決定したとしても、そこから最大の成果を得る姿勢を買われ、ミィントによって召し上げられた男だ。だが、理性でソレを遂行できたとしても、感情までもとはいかないものである。
1機、また1機と友軍機が戦艦まで帰還してくる。相当数が墜とされているとは言え、それでも大部隊だというのに、さすがにオスク自らが選別した者たちらしく、着艦で混乱する様子もまるで見られない。現時点までオペレーターから声は上がらない。どうやら追っては来ないらしい。こちらが何を目的としていたかぐらいは想像できていただろう相手が、その本命を見逃すというのだ。それが示す意思は、「来るなら来い」だろう。感情的には忌々しさを覚える他ない。
「オペレーター・・・ヤツらに動きはあるか?」
「いえ、その場で停止した・・・あ!後退を始めたようです。敵機との距離、開きます」
「こちらの被害はさておき・・・撃墜は0か・・・力だけでは叶わぬということだな。戻って戦略から立て直す!まずはエイタとアーサだ。戻ったら一息つかせろ。15分後に私の部屋へ来るように」
すでにオスクがそのブリッジに居る必要はなくなった。立ち上がり、フワリと身体を浮かせると、反転しながら左手でシートを押した。反動でオスクの身体が後方に位置するドアへと流れていき、そしてその向こうへ姿を消した。
艦の先を月へ向けたまま後進していた艦隊は、MA全機の着艦を合図に反転を始めていた。もしこれが、未だNLBMがあの場所に留まっていたなら、そのまま後進を続けていただろう。それほど長くはない戦闘時間の中で、NLBMの最高速度を割り出し、そこから安全圏と言えるだけの距離を確保できるまで。
反転を終えた艦隊は一斉にスラスターを点火させ、そこから見える月の大きさを小さくしていく。もしも月面都市で宙を見上げる者が居たとしたら、そのスラスターの火もまた、星の瞬きに見えたかもしれない。人類の歴史を振り返れば、人が地球を離れ、宇宙に進出した期間はあまりにも短い。しかし、文明の発展という側面で見れば、人によっては、地球だけを生活の場として発展した文明と、宇宙に進出して以降の文明では、その長短にかかわらず同じだけ、あるいは宇宙に進出して以降の方が発展を遂げたと言う。宇宙に思いを馳せ見上げた星空の輝きと、人類がその宇宙に灯す輝きが大きく意味の異なるモノになると、過去の人類の誰が予想しただろうか。
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