第十五部 第4話 同乗者

 「ボルドールさんよぉ・・・順調そうじゃないの」

決して1機が特出するような華やかさは無いが、それでも確実に敵機を1機ずつ減らしているNLBMネルビム部隊は、ボルドールとロンが考えていたよりもはるかに頼もしいと感じられる。そしてミリアークの言うとおり、自分たちの乗るUrielウリエルHanielハニエルがとてつもない性能であることがありありと分かる。

 「そちらこそ・・・それにしてもこの機体、驚くほど優秀ですね。まずもって被弾しないなんて・・・コレが両軍で量産でもされたら、それはもう、戦争にならない」

2人はこれが初陣だ。こうして喋っていれば、どうしても戦場に対する意識が散漫になってしまう。相手がFallen’sフォールンズである以上、そんなスキを見逃すような相手でないことは承知しているが、UrielとHanielにまで届く銃弾は皆無であり、届いた弾があっても悠々と躱して見せている。

 「だからオレたちだけなんだろうよ。にしても、攻撃に専念できるってのはありがたいねぇ。補整もスムーズだしな」

UrielとHanielのBM-01は見た目も中身もシンプルなMAだ。そして基本性能そのものが高水準でまとめ上げられている。そのことはボルドールとロンにも分かっている。この機体が普通でないとすれば、それはOSだ。2人は実際を知らないが、ソレはOSと呼ぶべきかと悩まなければならないだろうことに、ボルドールの方はうっすらとだが感づいていた。

 ロンは〝補整〟と言った。確かにOSにはそのプログラムが存在する。簡単に言えば「誤差を修正する」機能だ。だが、BM-01に搭載されているOSが行う補整はそのレベルをはるかに超越してしまっている。

 ボルドールはモニターに映る無数のMAのうちの1つにターゲットをロックした。ロックさえ成功すれば、よほど範囲外に外れでもしない限り、銃口が勝手にその機体を追う。もしもコレを外から見れば、体の向きや肩、腕、手首といった可動関節が気にも留まらない範囲で微動しているはずだ。

 モニターに表示されているロックは、〔 〕が敵機に重なるように記されている。通常青で示されているソレが赤く変わった瞬間、ボルドールは操縦レバーの先にあるトリガーを引いた。

 まただ・・・トリガーを引いた瞬間、ターゲットサイトの〔 〕が目に見えてわかるほど上に跳ねた。それは一瞬の出来事だが、自分の目にハッキリと焼き付いてくる。モニターの右にわずかに映し出されているライフルの銃口から放たれた光が、補整された〔 〕めがけてまっすぐに伸びていく。驚くべきことにターゲットとなった敵機は軌道方向を変え、その光の達する先にある〔 〕の中へと吸い込まれていくようだ。

 本当ならその刹那であるはずの様子を、冷静に〝見る〟ことができている自分に驚くべきところだが、どうにもそれ以上の驚きを感じずにはいられない。その驚きが事実であることを示すかのように、〔 〕を大きくはみ出すほどの爆炎が目の前のモニターに広がる。

 トリガーを引いた瞬間に起こる補整は、その都度方向が異なる。そして疑いたくなるほど百発百中だ。どう考えても累積演算予測などでできる芸当ではないし、ボルドールはコレをできる人間がいることを知っていた。NEXTネクストだ。

 「ロン、どうです?・・・まるでNEXTにでも成れたような気にすらなりませんか?」

「NEXTに成ったことが無いからワカランが・・・もしかしたらNEXTってこんな感じなのかもしれんな」

目の前にかすかにあった光が、あっという間に大きくなっていく。直撃弾が来ていると瞬間的に悟ってはいるが、その光に対して機体が反応していないことも分かってはいる。それでも慌てる必要がないことも知っている。すでにボルドールの視線は正面左上に映っているロンの姿に向けられているが、右端からモニターすべてを覆うほどの大きな影がスライドインしてくるのが分かった。そしてそれが盾役のNLBMだと分かっている。

 「このBM-01・・・アレですね。対NEXT用に開発された一連のシステムの中核といったところですね」

「ミリーもとんでもないモノ造ってくれるよ・・・実はコクピットの後ろあたりにNEXTでも乗っけてるんじゃないの?」

ヘルメットのバイザーに隠されて表情の全ては見えないが、それでも見える限りで言葉とは裏腹に嬉々とした表情が浮かんでいるようだ。そのあたり、ロンという男は非情であり現実主義者でもあるのだろう。あるいは、戦争に関わる自分に感情というものを持ち込ませないようにコントロールしているのだろうか。彼もおそらく自身の表情や気持ちに気付いているだろう。

 実戦でさらに明らかになったことだが、BM-01とNLBMは11機で1つだと考えていいだろう。そしてこの11機はすべて、NL-BがOSとして搭載されている。これは一種の有機コンピューターであり、人の脳を模したという意味ではなく、文字どおり、人の脳を〝使った〟有機コンピューターなのだろう。そして間違いなく、使われた脳の持ち主はかつてTartarosタルタロスの被験者だった者たち・・・つまりNEXTだ。

 この部隊に採用されているシステムはNEXTたちのつながりすらも利用し、11機を1つの存在として連携させる。なるほど、今現在敵対しているFallen’sとしてみれば、まったくズレのない統一された思考を有するNEXT11人を同時に相手していることになるわけだ。自分がそれを相手取るかと言われれば、全力で遠慮したい。

 Hanielの動きに合わせて高速機動するNLBM各機は、それぞれが細かな動きをしているものの、Hanielを中心に、さらには各機までもが均等な等間隔を維持している。この機体でなければ、すでに何度死んでいたかと思うと空恐ろしい。ミリアークはパイロットとしてのスキルが上がったと言っていたが、正直なところソレを実感できそうもない。それでもロンのように現状を楽しむことができればいいのだろうが、どうやらそこまで割り切ることができなさそうだ。

 「今は射撃戦ですからイイですが、彼らFallen’sがそのままにさせてくれるとは思えませんね!この状況で近接格闘戦が加わってきたとき、NLBMとの連携が活かせるのかどうかは難しい問題ですよ?」

「まぁな!そうなったら入り乱れるだろうからねぇ・・・けどね!ミリーを信じるなら、そっちの方がコイツの真価を発揮するんじゃないかなっ!」

ロンの言葉にハッとなった。

 ミリアークは、そしてBABELは、これから世界を変えてしまおうと言うのだ。ソレが綺麗事だけで叶うはずもなく、むしろ悪である必要すらあるのではないか?そしてこの場合、機体に隠されている同乗者が、人そのものではなくその〝脳〟だったとして、その事実を知る者は3人しかいない。ならば後は、〝己の内側の問題〟だけだ。

 「確かにっ!・・・」

ボルドールは「ミリアークへの信頼で後れを取るとは」と言葉を続けそうになるところを寸前で押しとどめた。BABELのトップ3、そしてミリアークの腹心として、現状ではロンの次であると自覚こそすれ、それをロン自身に告げる必要は無い。

「私たちは力を得た。勝負はこれからです!」

それはボルドールが自らに向けて言い聞かせた言葉だったが、同時にロンにとっては鼓舞する言葉として届いていた。

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