　「なんて馬鹿なことを・・・」

メールの着信を知らせるアラートに気付いたミシェルは、起動させたメールの着信ボックス最上段にあったメールを開いた。差出人は〝諜報部〟となっている。送られてきたメールには、評議会の決議内容とそれに対抗する資源衛星落下作戦の内容が詳細に記されていた。パソコンの前で肘をつき、両手の親指が並ぶように手を組み眉間に当てる。評議会の開催までは3時間、資源衛星の方に至っては、おそらくすでに作戦が開始されているだろう。

　評議会の行われている都市ダカール周辺では、すでにMAを主体としたNoha's-Ark（ノアズアーク）による防衛網が敷かれていたが、さらにそれを包囲するかのように、StarGazer（スターゲイザー）のMA部隊が展開している様子が、ミシェルの見るモニターに映し出されている。

　LEE（リー）財閥の諜報部は〝暗部〟である。財閥の一部の者にしかその存在を知らされていない部門に属する諜報員たちは、一様に優秀な人物だ。モニターに映し出されている映像は５つ。最低でも5名の諜報員がダカールに入っていることが分かる。映像を見る限り、噴煙が見えるところもある。どうやら場所によってはすでに、戦闘行動が開始されているらしい。

　「リー代表、ADaMaS（アダマス）にはこの件、どうされますか？」

ミシェルの部屋の入り口付近に、1人の屈強そうな男が控えている。その体格とは違い、醸し出す雰囲気は極めて紳士的なものがある。彼はミシェルの執事、秘書、ガードの全てを選任で担っている人物で、ミシェルがADaMaS内に居るとき以外は必ず随伴している。

「まだいいわ。と言ってもポーネルが居るし、報道も嗅ぎつけたみたいだから、ある程度はすでに知ってるかもしれないわね・・・いずれにしても、コレに私たちはもちろん、ADaMaSも関わるべきではないし、関わる理由もないわ」

「ダカールから支部を引き上げておいて正解でしたね。それでも数名のLEE財団に関係する者は居ますが・・・」

LEE財団はダカールに支部を置いていた過去がある。ミシェルはダカールに評議会本部が移ることを知ったとき、そこにあったLEE財団支部を引上げさせていた。もちろん、評議会が戦争における攻撃対象となる可能性を危惧していたからだ。しかし、評議会の情報は入手しておきたいと考えた他の部門が、ダカールに数名を残していた。それは今ミシェルに様子を映像で伝えている諜報部とは別の部門だ。

「そうね・・・けれど完全に包囲されている以上、救出は不可能よ。できることがあるとすれば、無事を祈ることぐらいね」

　ダカールという都市は、荒涼とした大地の真ん中に忽然と存在する都市だ。交易の拠点として繁栄した都市は発展を続けたが、都市とその周囲を取り巻く荒涼地帯には明確な境界線がある。整備された道路は突然大地に変わり、都市から四方に伸びる道路だけが、荒涼地帯においてその先にダカールがあること示す。この都市にある建造物は基本的にビルであったため、一見するとダカールはまるで、防壁にかこまれた近代都市のような様子を見せる。その防壁（ビル）から1キロほどの距離を置いて、StarGazerの軍はダカールをほぼ一周する形で展開していた。

　「StarGazerの凶行は分かるのですが、評議会の決議強行は理解できません。評議会は表向き軍属ではありません。自らの命を決議にかけているとは思えないのですが」

男は姿勢を微動だにさせず、表情にも変化は見られない。

「当然ね。おそらく彼らに知らされているのはＭＡによる襲撃だけでしょう。資源衛星落下については伏せられてるのでしょうね。悲しいことだわ」

　もともと評議会の報道のため、ダカールにはいくつかの報道機関が入っている。もちろん、ダカール内部にも放送局は存在し、ダカールの様子を一般にも伝え始めている。それまで直立したままのエスが立ち並ぶ姿をバックに、レポーターが何やら話している映像だったＴＶの画面が切り替わった。映し出されたのは望遠ではあるが、撃破され今まさに崩れ落ちようとするエスの姿だった。

　不思議なことに、その場で膝をついたエスは、周囲のＭＡにとってその瞬間、ただの構造物になってしまったかのようだった。映し出されている他のＭＡの中には、そのエスと連携していたＭＡもチームとして存在したのではないだろうか。少なくとも、エスに対して攻撃を行ったＭＡは存在しているはずだ。

　戦闘行動中というのは、一種の麻薬だ。失った個人を偲ぶのは、決まって戦闘が終わってからだ。瞬間瞬間でそれが出来る場合は、そこに特別な関係があった場合に限るだろう。本来、人の死とは多くの人間に影響を及ぼすもののはずだが、この麻薬は人の死に対する感情を麻痺させる効力が極めて高いようで、どのMAからも、撃破されたMAに意識を向ける様子は見えない。

　「本格的に始まりましたね。これでもう、誰もダカールから出ることはできないでしょうな」

「ええ、これはStarGazerの思惑どおりかしらね。評議会の決議は下されるし、ダカールに資源衛星は落ちる。地球はまた1つ、あってはならない傷を受けることになるわ」

すでに世間は戦争そのものに慣れている。テレビ放送でも小さな戦闘や、望遠での戦闘を放送することは珍しくなく、MAによる戦闘行動は世間的にも見慣れた光景なのだろうが、これほどの規模が放送されることは珍しい。

　画面の中の出来事ではあるが、１つのMAが破壊される度に、1人の命が消えている。今コレを見ている人々は、そのことを実感できているのだろうか。大多数の民衆は、20年という歳月を経ても尚、戦争がどこか自分たちと関係の無い場所で起きていると感じているのではないか。だが、はるか上空に今はまだある資源衛星が地球に落ちたとき、人々は旋律することになる。StarGazerの声明と、それに呼応するNoha’s-Arkの対応次第では、人類はそのほとんどが大いなる恐怖を実感するだろう。

　「地球と宇宙、そのどちらもが、滅亡と同義となる打撃を与えることができる・・・と？理解は出来ますが、実際にそこまでしますか？」

宇宙には人が自らの手で造り出したSpace-Ark（スペースアーク）が無数に存在する。これらは資源衛星など比較にならないほどの質量があり、もしもソレを質量兵器と見なした場合、その数次第では、地球は人が住むことを許さない惑星へと姿を変える。対して宇宙に住む人々は、その生活をSpace-Arkに委ねている。これまでにSpace-Arkそのものが攻撃対象となったことは無いが、そうならない保証はどこにもない。space-Arkのどこかに穴が開けば、その大きさによっては内部から圧壊しかねない。

　「人はそこまで愚かではない・・・と言いたいところだけど、本心はむしろ逆ね。人間はどこまでも愚かな生き物だわ。20年もこんな争いを続けてる生き物を、そうではないと言えて？」

「宇宙は評議会の決議を理由に、地球は資源衛星の落下を理由に、自らの正義を振りかざす。といったところでしょうな」

「ええ。そして、解っていながら何もできない私たちも、結局は同じ人類なのよ・・・。いずれにしても、これで世界は大きく動き出すわ」

ミシェルは窓の外に目を向けた。窓の外には青空が広がっている。ダカールに続いているこの空は、ダカールで見ても同じ青空なのだろうか。もしもこの空に、地球に降り立とうとしている資源衛星が現れたとしたら、それを目にする人々は何と言うのだろうか？

「・・・さながら、〝空が落ちて来る〟ってところかしらね」

再び視線をテレビに向けると、いよいよ戦闘が激しくなっていく様子が嫌でも分かる。そしてここではない別の場所で同じ放送を見ている者が大勢居る。その内の1人の人物の向こうには、大きな窓越しに1機のMAの姿があった。