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第五部 第3話 Pluriel（プルリエル）

　「これはいけない。私たちの出番かな？」

男の居る部屋に外を見ることができる窓は無い。それほど大きいわけでもない部屋の、四方を囲む壁の1つが全てガラスで出来ているが、そこから見える景色はMAハンガーだ。景色を楽しむような景観は無い（人によるかもしれないが）。見る限り、そのハンガーにも窓は１つも存在していない。

　巨人が通る廊下のようなそのハンガーでは、両側に複数台のMAが立ち並んでいる。これが石造なら、大掛かりなファンタジー映画の一場面かのようだ。そして1機だけ、廊下の中央で、男の居る部屋の方に正面を向けている機体がある。一般的なＭＡよりも1周り以上大きいその機体は、中央で天井からつり下がっている灯りに照らされ、機体各所に凹凸による影が生まれている。

　その姿はスケィス系の様子を見せているが、より精鍛な顔つきに見える。目立つのは体形からすればかなり大型に見える肩と戦艦にでも付いていそうなほどに大型なバックパックだ。バックパックの中央にはスタビライザーが存在しているのが分かる。基調を白と青、そしてポイントに赤で彩色された機体は、どこかヒーロー的な雰囲気を持っている。このMAは名を〝Pluriel（プルリエル）〟と言った。

　Plurielとはある国の言語で〝複数〟を意味する。この名は男が自ら、自分の乗機となる機体へと贈った言葉だ。

「Plurielの完成状況はどうかな？」

男は自分の乗機であるPlurielから目を離さず、背後に控えていた別の男に問いかけた。部屋の入口付近に立っていた男が前へ歩を進めると、照明の点いていない部屋に差し込むハンガーからの光が、その男を足元から照らしていく。全てを影の中から現した男は、ADaMaS（アダマス）に所属するルシオン・アイオンであった。

　時間を少し遡る。

　ADaMaSの主要メンバーが1日の中で、誰の前にも姿を現さないことは稀だ。ウテナのような技術系の者が時折姿を現さないこともあるが、決まって没頭しているか寝ているかのどちらかで、探せば容易に見つかる。

　その日、ルシオン・アイオンは姿を現さなかった。技術系ではあるが彼の場合、過去に1日の中で姿を現さなかったことは1度もない。

「あら？今日はルシオン、居ないわね？誰か見た？」

いつものようにADaMaS内の食堂に集まって居たのは、ウテナとセシルの2人とルシオンを除く全員だ。ウテナとセシルはそれぞれにMAの設計とそれに搭載する制御システムのプログラミングに没頭していることを全員知っている。

　「お兄ちゃんとセシルはどっかでイチャコラしてるんだよねー？ルシオンもそこじゃなくて？」

マドカは言い終えると、ドライカレーカレーを乗せたスプーンを口に頬張る。このカレーはドライカレーにカレーがかかっているという逸品で人気メニューの１つだ。

「旨っ！」

「イチャコラ言うなっ！ローズ、頼むぜ・・・」

すかさず反応したミハエル・ルーはセシルと夫婦だ。ミハエルも言った内容とは裏腹に顔は笑っている。ADaMaSの主要メンバー間において、この程度のやり取りは日常茶飯事だ。

　「こっちには来てなかったけど、局長んトコ、居ました？」

「姿は見てないんだが・・・ちょっといいかい？」

２つの声の主は、セシルとウテナだ。2人ともマドカと同じドライカレーカレーを乗せたプレートを持っている。どうやら直前の「イチャコラ」は聞こえていなかったようだ。

　それぞれセシルはミハエルの隣に、ウテナはナナジンの隣に腰を降ろす。ウテナがテーブルに備えられているタブレットを操作すると、彼らのテーブルを囲むように赤いラインが床に現れ、ビープ音が静かに音を立てる。数秒後、天井からパーテーションが出現し、個室を形成した。

　「深刻そうだな」

「うーん、確証はないんだけどね。いくつかの事象だけ考えれば、正直よくないね・・・僕のMA設計図データを誰かが複写した形跡があるんだよ」

ウテナの言う〝事象〟の１つは〝反物質と共にディミトリーが姿を消した〟ことだった。そこにいる全員、ウテナが個室を形成した時点でソレに関わる内容であることは予測している。そして、そこに追加された事象が〝ルシオンが居ない〟ことと、〝MA設計図のコピー〟となる。最初に全てをつなげたのはセシルだった。

　「局長・・・さっき調べてくれっていったデータですよね？あの3機のうち1機は・・・反物質の搭載機・・・ですよ？」

セシルの手には、マドカが絶賛したドライカレーを乗せたスプーンが握られている。ドライカレーとカレーがほぼ半分ずつ乗っているそれは、しかし空中で待機を余儀なくされている。

「え？ちょっと・・・ソレってかなりマズいんじゃなくて？」

すでに食事を終えて紅茶を手にしていたローズの手も、カップを空中で停止させる。見渡せば、たった1人を除いて全員がその動きを止めていた。

　「うん、サイアクの場合だったとしたら、ホント、最悪だね・・・いや、使い方によるかな・・・？」

ウテナだけは会話の合間にカレーを口に運び続けていた。「サイアク」だという割りに、雰囲気はソレを微塵も感じさせない。その様子が、全員の硬直を解いていく。

　「まったくオマエは・・・もう少し危機感出したらどうだよ・・・つまりアレか？オマエが設計した反物質搭載型を含むMAの設計図を、ルシオンが持ち出して、ディミトリーんトコ行ったってのか？」

相変わらずナナジンの要約は的確だ。

「へぇ・・・あの反物質ってMAに搭載できるんだ・・・」

「確かに、アレを搭載できたらMAのエネルギー確保、気にしなくていいもんな」

「それもそうだけど、使い方次第で絶対的な攻防兵器になるぜ？」

流石と言うべきだろうか。開発に属するヒュート・ランカール、クルーガン・プライム、ジェイク・ハローウッドの3人は、〝反物質をMAに搭載する〟という技術的な話を進めている。そこにはすでに〝危機感〟の影も形も無い。

　「んで、どうするの、お兄ちゃん・・・旨っ！」

「今のトコはどうもしないかな。結局はディミトリーの動き次第だよ。でももし、ディミトリーが間違った道を進むなら、僕は立ち塞がるつもりなんだよね。でさ？先に聞いておきたいんだけど、そうなったとき、みんなはどうする？」

ウテナはそこに集まっている11人の顔を1人ずつ見ていくが、全員が不思議そうな表情を浮かべている。

　「反物質作るって決めた時、もしもの時は全員でって言ってたじゃない。今更どうするも何もナイでしょ？それに、反物質搭載MAだってウテナのことだもの、想定してたわよ」

ローズの言葉に全員が頷いて見せる。

「よしっ！話は決まりだな。んじゃ、これからは普段の仕事と並行で準備、進めないとな・・・って準備ってナニするんだ？」

自分で言っておきながら、ナナジンはローズに顔を向けた。

「とりあえず・・・戦えるようにしなきゃ？」

ADaMaSはMAを開発することが仕事だが、MAのパイロットと呼べるのは1人しか居ない。テストパイロットを務めるマドカ・アカホシだ。

「マドカちゃん1人？いやいや・・・1人だけ戦わせるわけには・・・」

「そうだな・・・オレたち、MAの操縦から始めなきゃいかんわな・・・」

クルーガンとヒュートがうつむき加減でいる様子を吹き飛ばすかのような内容が、ローズから発せられた。

「何言ってるのよ、アナタたち。少なくともここに居る全員、MAの操縦、できるわよ？」