第四部 第9話 道義心

 「自分は何を目的としてBABELバベルにその身を置いている?」

ボルドールは閉じた自らの内なる世界で自問した。今から思えばきっかけはくだらない理由だった。BABELに属する他の烏合と同じ、己の利益のためだったことを覚えている。しかしそれほど時間を必要とせず、ミリアークとの会話によってBABELが持つことになる強大な力に気付いた時、自らに野心が芽生えたことを知っている。その強大な力を自らの力とすることができたとするならば、それは世界を意のままに操ることの可能性を示す。今の自分に「必要か?」と問えば「興味は無い」と答えるだろうが、その頃(と言ってもそれほど昔ではないが)の自分は、世界の全てが手に入ると思えた。今思えばおこがましいことだと思うが、そう感じたのは事実だ。今、自分が本当に手に入れたいモノとは何だ?世界を手に入れたとして、何になる?きっとそこに、自分の満足感は無いだろう。

 13Dの頂点に立った時を思い出してみる。確かに、〝13Dの頂点に立つ〟という野心は持っていた。だがそれは、自分の人生に何も見い出せなかった哀れな男が、世界に自分の存在を認めさせようとした手段に過ぎないことを、今の自分は解っている。

 富も権力も、いわゆる〝一般人〟とは比較にならないものを手に入れた。だがその時、一般人の中にも少なくない人間が持ち得ている〝満足感〟を得ることはできなかった。簡単なコトだ。自分が何に満足感を得ることができるのかを知らないからだ。ホンキで手に入れたいと心から願う対象を見つけられなかったからだ。

 自分の心からの願い。これは他者に見出してもらえる類のものではない。どれほど醜くとも、どれほどもがき苦しもうとも、自らで見出すしか方法は無いのだろう。ボルドールはそのとおり、人生の大半でもがき苦しんだ。何を成してもそこに満足感を得る事はなく、それを見い出せないことに絶望もした。そうして這いずり回った先で、ようやく1つの満足できる可能性を見出したことに、今更ながら気付く。

 ボルドールがBABELで欲したもの。それは〝利〟でも〝力〟でもなければ〝世界〟でもない。それはミリアークという女性の存在が、自己の満足を知り得るきっかけとなった。しかし彼本人は、ミリアークを〝手に入れたい〟と思っているのではないと認識している。彼が欲したものは〝自分自身〟だった。それも、ミリアークに認められる自分自身だ。ボルドールにとってミリアークという存在は、〝憧れ〟だった。

 ボルドールはミリアークという女性個人に認められたいという〝承認欲求〟が満たされることで、自己の満足を感じることができると思えた。彼女に認められることを想像したとき、自分の内側に満足が存在することに気付いた。

 「NL-Bの正体とは何か?」

この問いが1つ、ボルドールが前に踏み出せない障壁となっていることを、彼自らが認識している。コレは謎ではない。N3-systemシステムから続く一つの想定があるためだ。

 N3-systemがNEXTネクストを見つけ出すことを主な役割としていることは間違いない。そして見つけ出したNEXTたちを、その能力に応じて分類分けすることを目的としている。問題は、そうして見つけ出されたNEXTたちと、そのデータを何に役立てるのかだ。ボルドールはすでに答えを知っている。ミリアークの言うNL-BはN3-systemによって創られた。N3-systemが見つけ出したNEXTを活用したという意味だ。

 おそらくNL-BとはDNAコンピュータや粘菌コンピュータに類似した構成を持っている。脳などの神経細胞構造を模したニューロコンピュータというものがある。NL-Bはある意味でコレと同類なのだろう。違うのは、ニューロ構造を構築するのか、最初からあるのか、だ。この違いは大きな違いとなり、ボルドールに重くのしかかる。

 ボルドールにとっては、何時間にも及ぶほどの葛藤が胸中にあった。ミリアークとロンの2人からは、突如、目を閉じたまま微動だにしない彼の様子を不思議に見つめていられる程度の、次にボルドールが目を開くまでの10秒程度の時間だ。何かを思案していたことは2人にも解っている。目を開いたということは、思案内容に結論を得たということだろう。

 ボルドールの知っているロン・クーカイという男は頭の切れる男だ。包括的に言えば、NLBMの正体に気が付いているだろう。何も言わず、普段の様子と変わらないということは、その正体を肯定していると解釈できる。そもそも、自身が手を下したわけではないのだからと割り切れる精神が彼にある。用意されたモノは、彼にとって駒に過ぎず、実際にそれを用意したのは自分ではないというわけだ。この状況で自分だけが〝正体〟に固執するのであれば、それはここに居ることの意味を根底から覆す結果を招く。

 「それで、ミリアーク。シミュレーターはコクピットですか?それとも別室ですか?」

開かれたボルドールの目は、視線を動かさずともミリアークの目を捉えていた。いつも見せる、単純な笑顔とは異なる笑顔をミリアークが浮かべる。おそらくこの女性は、ボルドールの葛藤も、その決意も見透かし、選ばれた結論を予測していたのだろう。そういう笑顔だ。現時点では彼女に勝てる要素は無い。

 「いずれ、BM-01を貴女以上に乗りこなして見せますよ」

それはミリアークの前に立つ活路だ。ボルドールの決意でもある。たぶん、ミリアークは「できるものならどうぞ」と言わんばかりの表情を見せるだろう。もしかするとロンも、「今のうちに言ってろ」と言いたげな表情を見せるかもしれない。これはある意味、彼女への挑戦状だ。さぁミリアーク、どう答える?

 「何を言ってるの?BM-01に関しては、すでに貴方の方が上よ?」

予想外の返答・・・いや、予想外の表情が返って来た。それは負けを認める表情ではない。最初から勝負になっていないという表情に見える。ボルドールはミリアークの見せた表情に驚くあまり、言葉の全ては聞き取れていなかった。そんなボルドールを助けたのは、ボルドールを見ていたはずの目が疑問に彩られ、ミリアークの方へ自然と向いたロンだった。

 「おい、ミリー・・・今、なんてった?BM-01〝に関しては〟で合ってるか?」

ミリアークの瞳に悪戯な彩が宿った。なるほど、そういうことか・・・

「そうよ?私はBM-01に乗らない。あのBM-01に乗るのは別の子よ?」

ミリアークは背後のガラス窓の向こうに並び立つ3機のBM-01に視線を送った。

 「子?普通ソコは〝人〟じゃないのか?ソイツ・・・いくつだ?」

別の子とは確かに妙だ。別の人ならしっくりくる。子と言ったのことの理由で考えられるのは1つ。その人物は〝子供〟だということだ。ロンの表情に、わずかばかりの〝怒気〟が見える。なるほど、ロン・クーカイという男、子供に対して思うところがあるらしい。子供が自分と同列に捉えられることを嫌う大人は少なくない。

 BM-01のパイロットが子供である理由は1つだ。その子はN3-systemで見出された人物なのだろう。あのゲンフォール・デユバインと同じ〝カテゴリーレッド〟もしかすると、(設定されているのかは知らないが)それ以上のカテゴリーかもしれない。

 「いくつ?年齢のことかしら?そうね・・・見た目は15歳ぐらいね。パイロットとしての力量は・・・近いうちに判るわ」

驚くべきことに、ミリアークは〝見た目〟という言葉を年齢に付けた。その子の実年齢が見た目より高いということはないと断言できる。おそらく、〝実年齢〟としては極端に若いということなのだろう。それが何を意味しているのか、ボルドールにも理解できている。

 「クローン・・・ですか?」

「ええ。私のDNAを使った子たちよ。不思議よね。同じ培養なのに個体差があるんだもの。BM-01のパイロットになる子は最も優秀な子よ?」

どうやら生み出したクローンは1人ではないらしい。

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