第四部 第8話 克己心
「ミリアーク、降参です。そろそろコイツに隠されているヒミツ、教えてはもらえませんかね?」
両手を上に首を左右に振る。正に〝降参〟をジェスチャーするならこれ以上ないだろう。
「フフ・・・何が知りたいのかしら?そうねぇ・・・本当はまだ話す予定じゃないんだけど、貴方の質問次第では教えてあげる。私に直接答えを語らせるような質問はダメよ?この子たちの核心を突く質問、してごらんなさいな」
これがミリアークからの挑戦状であることは承知できている。この3機のMAに、まだ明かされていない大きなナゾがあることは確定した。ではその核心とは何だ?
このMA3機を目にするキッカケとなったのは、
では、このハニエル、サマエル、ウリエルの3機が2つの軍事力に対抗する戦力に該当するだろうか?答えは、パイロットも含めて〝否〟だ。いくら高性能であっても、3機程度で2つの軍に対抗できるはずがない。おまけにパイロットとなる自分たちは、そもそもパイロットではない。それでも、軍に対抗できる根拠が、このMAにあると推測できる。
この3機のことで理解できていないことが2つある。ミリアークが言った「エヌ、エル、ビー」と「ネルビム」だ。そして、このどちらかを指して「それが何か?」と問えば、おそらくミリアークは答えない。直接的過ぎるからだ。エヌ、エル、ビーが〝NLB〟なのは間違いない。そしておそらく最初の2文字〝NL〟は〝
要するにミリアークが試しているのは、こちらの想像力なのだろう。確証を持てないのは〝B〟だ。NEXT-Levelに続く〝B〟とは何か?
視界の端にロンの姿を捉えたのは偶然だった。彼は少し前に「SW」を口にした。その言葉は、ボルドールに1つの可能性を見出させた。もしもソレが可能ならば、少数精鋭でも軍事力という巨大な脅威に対抗することに可能性を見出せる。ミリアークの頭脳ならば不可能と思えるソレを成すことも可能かもしれない。
〝B〟は
「NLBMには有人コクピットもありますか?」
「・・・ええ。あるわ」
「NLBM・・・
ボルドールの表情は重い。おそらくこれからミリアークが語るであろう、NL-Bの正体が、自身の考える2つの正体のうち、どちらなのかを計りかねている。これに関連するのは、もちろんN3-
「ふーん、完全自立型MAじゃないってコトか。まぁ、もしそんなモノが戦争に介入するんだったら、オレとしちゃあ願い下げだからな」
正直なところ、このロン・クーカイという男のことは、それほど熟知していない。戦争をオモチャのように考えているものだと思っていたが、そうであったとしても、どこか〝スジ〟のようなものがこの男にはあるらしい。
ボルドールが少し驚いた表情を見せていることに気付いたロンは、ヤレヤレと言わんばかりに言葉を続けた。
「本来、戦争なんてものは起きないに越したことはないよ。起きてしまっている以上、オレは自分のために利用しているが、戦争そのものと〝闘う〟という行為は別物さ。その果てにある死が無下であっちゃあいけないだろ?」
戦争に参加する〝戦士〟たちは、それぞれに自分が命を懸けるに値する価値を闘いに見出している。大儀の文字に代表されるそれは個人によって異なるが、自らの命を懸けているのならば、決して受け入れられない大儀を相手が掲げていたとしても、それを卑下することは許されない。それほど命は重いのだ。だからこそ、ロン・クーカイの考える〝闘い〟は神聖なものであり、崇高なものだった。
「機械による無差別は許容できないってことね。安心していいわよ?闘いに人の意志は存在するべきだと私も考えてるし、現に、BM-01はそういうMAよ」
ミリアークは少し離れて立っていたロンに近付き、その肩にポンっと手を置いた。そのまま置いた手を基点にロンの背後に回り込むと、背中を押してMAの良く見える位置に誘導した。
「オレとしちゃあ、自分が戦士として戦いに参加できるってのは、かなり魅力的な話だからな。ミリーのMA、期待してるぜ?」
「ええ、任せてくれていいわよ?」
ロンには見えないミリアークの表情をボルドールは見逃さなかった。そこに見た感情は〝自制〟だ。ミリアークの内に湧き上がる何らかの感情を抑えているように見える。その湧き上がっているモノが何なのか、探ってみようかとも思ったが、ミリアークがその思考を遮った。
「NL-B。ボルドールの言うように、NEXTの思考解析で得たデータから生み出したシステムよ。AIと言っても言い過ぎじゃないわ」
NEXTは人の思考という電気信号を送受信する影響力が高い。これが戦場においてはレーダーよりも高性能な戦況把握装置と成る。それだけでも戦場においては圧倒的有利を得るが、それぞれのNEXT-Level次第では、相手パイロットの感情や思考すら感知してしまう者も居る。ミリアークの言葉をそのまま受け取るならば、NL-Bはそれをプログラム上で再現していることになる。
「貴方たちやNLBMのパイロットはその恩恵を受ける。そして、NL-BをAIと言ったけれど、個々に自我があるわけじゃないから、各機の連携も強固なものになるわ」
やはりミリアークは何かを隠していると感じる。NL-Bの開発にN3-systemが影響していることは間違いない。N3-systemが直接測定した被験体のデータを見れば、個々のNEXT-Levelがどういった特性を持っているかは分かる。しかし、それはまだ多くはなかったはずだ。システムそのものは完成したが、そうしたデータ集積はこれからが本番だと思っていた。いや、そうではないのか?だとすれば、すでにN3-systemはデータ集積を完了していて、それをミリアークは隠しているのだろうか?そして、隠すことに意味があるのだろうか?
相手に対する想いがそこにある場合、人は自ら導き出した答えに目を背けることがある。その相手が選んだであろう行為を、自身が受け入れられないことは世の中でよく目にする。それは〝対立〟の根幹だからだ。ボルドールはすでに1つの解答を導き出している。その可能性を一度頭に思い描いたが、「そうであってほしくない」という想いが、その可能性に再度言及することを拒んでいる。
時間の流れは一定のものだ。それは何があっても変わることの無い、不変のもののはずだが、人という生き物は精神の世界において、時間の流れを操作する能力を有する。現実的に変えることはできない。ボルドールは一刻の間、心を閉じた。その時間は、現実的には瞬きに等しい程度の時間だったのかもしれない。もしかすると1分程度には及んでいたのかもしれない。ボルドールの心打ちで流れる時間は、現実の時間と進む速度を異にした。
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