第一部 第8話 ミシェル・リー
「ミシェル姉さん!なんでソコに・・・いや、それよりも何ですって?」
チャイナドレスをアレンジしたかのうような衣服は、その女性のスラリとした長身を引き立てている。ローズは〝姉〟と呼んだが、血縁的な姉妹関係ではもちろんない。互いの両親が懇意にしていた関係で、ローズとミシェルは幼少期から親交が深かった。その呼び方からも分かるように、ローズはミシェルのことを実の姉のように慕っている。
「反物質の精製に関わる費用は私の財布から出るわ。財団の利にするわけではないから財団の経費じゃなく、ね」
「ミシェルならまぁ、私財でも不可能じゃないか。いつからソコに居たんだ?」
「ナニ言ってるのよ。最初から居たわよ?」
「ホントに?いかんなぁ・・・馴染みすぎてて気付かなかったな」
ナナジンが言うように、ミシェルはここ
ミシェルは
「ミシェル、キミがディミトリーをここに来るように仕向けた?」
「そうよ?けど、出資する条件にって考えてたんだけど、彼もハナからここに来るつもりだったみたいよ?私的にはこんなシロモノ、アナタの判断がなきゃ怖くてしょうがないわよ」
コーヒーカップを手にミシェルはウテナに近付き、その肩に手を置いた。ウテナと目線が合うや否や、ウィンクしてみせる。
「えぇ・・・丸投げ?まぁ、いいけど・・・ミシェルの先見は疑ってないけど、コレはちょっとリスクだよ?僕も正直なところ、着手は迷ってる」
「そうね・・・ヘタをすれば人類全体のリスクだわ」
ローズの一言で全員が深く考え込む。この案件、どう考えてもハイリスクハイリターンだ。
「なぁ、ミシェル?何を見た?」
「そうねぇ・・・リスクは承知しているのよ。最初、この話をディミトリーから聞いた時、手を出すべきではないと思ったわ」
ミシェルはウテナの肩に手を置いたまま、視線を一同に向けた。順番に全員と視線を交わす。
「でもね?私の先見がどうのは私には分からないけど、コレが現状の停滞を打破することを確信しちゃったのよね」
全員への一瞥が終わった視線は、天井の一点を睨んだ。しかしその視線は、そこにある天井ではなく、そのはるか先にある空を見上げているように感じられる。
ミシェルに未来を見るといった超常能力はもちろんない無い。彼女は才覚こそ備わっているものの、それ以上の者ではない。若くして(現状でも31歳だ)財団代表を務めているが、祖父からの血の繋がりによる選出ではなく(まったく考慮されなかったわけではないだろうが)、代表選出以前から財団での功績が認められたものであり、未来が見えるなどと非科学的な理由ではなく、彼女の情報力と判断、決断力によるものだった。何か大きなコトに決断を下すとき、無意識に空を見上げるのは彼女の癖だ。
「現状打破、ですか。確かにソレは起こるでしょうね」
情報力という能力においてはミシェルに劣らないポーネルが、含みを持たせた。
「ええ、間違いなく。でも、ソレが誰にとって利となるのかは、起こってみないと分からないわ」
「ミシェルお姉ちゃん、1つ聞いていい?」
ここまで大人しかったマドカが初めて口を開いた。普段なら、それなりに込み入った話であったとしてももっと騒々しい。
「あら、マドカちゃん。今日はまた一段とステキな衣装ね。何かしら?」
ミシェルは間に別の内容を挟むことで、マドカの質問がどれほどの〝重さ〟を持つことになるのかを計ろうとした。ある意味、いつもの
「お姉ちゃんの言う〝現状の停滞〟って、ナニ?」
そこに居る全員が、これまでに見たことが無いと言ったとしても不思議ではないような表情をマドカが浮かべている。それは誰にでも優しい表情を見せ、例えば子供たちに叱らなければならない時だったとしても、厳しい表情の中に優しさを見ることができたこれまでのどの表情とも違い、相手の内面を読み取れると言わんばかりの、刺さるような視線を持った表情だった。
「意志による戦争の永続」
答えたミシェルの表情もまた、マドカの表情が意にも介さないと言わんばかりの、しかし冷たい視線をマドカだけではなく、全員に向けて送った。ミシェルにとって仲間だと言えるここに集う者へ、軽蔑的な類ではなく、彼女自身の固い決意がその眼に示されていた。
ミシェル・リーもまた、ウテナやマドカと同じく戦争によって両親を奪われた人物だ。ウテナたちと異なるのは、ミシェルのそれは戦争によって狂わされた一般人によってもたらされた死であり、その様をミシェルは目の当たりにしたことだ。それが一番の原因であることは疑いようもないが、ミシェルは何よりも〝戦争〟そのものを憎んでいた。
「解った~。お兄ちゃん!やろうよ。もしもその責任って言われるようなコトになったら、みんなで取ればいいじゃない。
ミシェルの決意を受け取ったのか、マドカの表情はパッと明るさを取り戻した。
「私は戦争がキライよ?でも、それ以上に戦争で生み出される私たちみたいな子供を助けたいって想いの方が強いわ。だから、直接的でなかったとしても、戦争に関わりを持ってる。ジレンマはもちろんあるけれど、私もみんなも、それにツブされるほどヤワくはないでしょ?」
その場の雰囲気が変わるのを、そこに居る全員が感じ取っていた。
「そう言えば、スルーしかかったけど姉さん?この戦争が誰かの意志で続けさせられているって言ったのよね?」
「そうよ?と言うか、私はそうだと思ってる。過去の歴史を見れば、そう結論付けられると思うのよね。誰かが、パワーバランスを計ってるように感じるのよ」
それは、ミシェルの立ち位置から見える景色なのだろう。彼女は
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