第一部 第9話 誓い

 「アレがADaMaSアダマスのウテナだよ、ゲンフォール」

時間を少し遡る。1週間後に再びADaMaSアダマスへ来ることを告げたディミトリーは、ゲンフォールを伴い帰路についた。日中に感じた暑さとは一変、すでに地平線に消え去ろうとする太陽は彼らの周囲の温度を再び上昇させるだけの力もなく、ジープの速度に合わせて感じる風が過ごしやすい宵の入りを感じさせた。

 「アレと仰られても・・・正直なところ、俺としてはヒジョーに肩身が狭かったですよ」

「ハハハ、そう言うなよ、ゲン。いろいろと面白いものが見れたろう?」

「面白いですかねぇ・・・」

ジープの運転は帰りもディミトリーだった。助手席ではゲンフォールが若干不貞腐れた様子で頭の後ろで手を組んでいる。上官の運転する車に同乗する者の姿勢からは程遠い。

 ほんの少しの間を置いて、視線を動かすわけでも、思い立った様子もなく、まるで独り言かのようにゲンフォールが呟いた。

「数日前に来てたLEE-foundationリーファウンデーションの女といい、今日のウテナといい、どうにも本性が掴みきれませんな・・・」

LEE-foundationリーファウンデーションの女とはミシェル・リーのことだ。彼女へのコンタクトも、ディミトリーの意志によって成されていた。

 ディミトリーは開戦以前から軍人である。戦争が始まった当初、その事実に悲観したが、それでも戦争を止めるために、ゲンフォールや他の仲間と戦場に立った。ディミトリーの指揮する部隊は敗北を経験したことが無い。しかし、その輝かしい戦歴とは裏腹に、ディミトリーの心が満たされることはなかった。

 ディミトリーは行く先々で戦争による被害を目の当たりにしてきた。その中には当然、自分たちの作戦や行動そのものによって発生した被害もあった。

「戦争で死ぬのは、戦争に自ら立ち向かう者だけでいい」

「そのセリフ、懐かしいですね・・・」

巡り巡った思考の先で、ディミトリーの口から出た言葉は、ディミトリーが戦争に対する考えを確定させたときに発した言葉だった。そのセリフは、ゲンフォールを含むわずかな者しか耳にしてはいない。その言葉は、自分たちの戦禍に巻き込まれてしまった小さな町にあった崩壊した孤児院の敷地内で、そこで失われた小さな命を悔やんだ言葉だった。

 それを境に、ディミトリーは戦争を終わらせる戦いを始める。戦争を終わらせる目的のため、闇雲に戦域を拡大させる無能な上官を次々に乗り越え、自らが、より大きな戦闘指揮権を得れるようにと階級を登っていった。

「私はあの時、この戦争を終わらせると子供たちに誓った。しかし、あれから何年が過ぎた?未だ戦争は終わっていない。あの子たちとの約束を私は果たせないでいる」

「アレは初期のころでしたか・・・20年・・・確かに、約束を待つ側としては、長い年月ですね」

「そのとおりだ・・・そろそろ約束を果たすべき時が来たのではないかな?そうでないと、私が死んだとき、あの子たちに嘘つきだと罵られてしまう」

「子供に責められるのは、敵いませんなぁ」

ゲンフォールは、すでに自分たちとは違う場所を照らしているはずの太陽が、その名残をわずかに残す地平線へ目を向けた。それは、名残りの明かりがわずかに照らしたディミトリーの目元に、薄っすらと滲んだように感じたモノから目を逸らすためでもあり、同様に自分にも浮かぶそれを隠すためでもあった。2人にはそれが、悲しみが生み出したモノなのか、悔しさが滲みだしたモノなのかを判別することはできなかった。

 「フッ・・・二人とも、子供どころか結婚相手すら見つかってないがな・・・」

「俺はまだ諦めるには早いですが、中将はそろそろ諦めてもいいんじゃないですかねぇ?」

ディミトリーの、ゲンフォールを巻き込んだ自虐に逆らうことで、車上の陰鬱な雰囲気を払いのけた。それは功を奏し、わずか2人しかいない車上には心地よい風が流れ込んでくる。

「リー女史、ウテナ氏、それに加えて中将・・・俺には3匹のキツネが化かし合っているように感じましたが・・・?」

「キツネとは失敬な・・・向こうでリー代表とウテナ局長は繋がっていると思うが、こちらとあちらで、それぞれの腹の内は隠したままだろうな」

「反物質・・・でしたか?アティスに乗ってるので解りますが、彼の技術力は確かに天才的でしょう。しかし、今日聞いた限りで、本当に反物質とやらができるのか・・・と言いますか、不可能なのでは?」

車上の空間は心地よいままだったが、2人の表情は1週間後を見据えるかのように固いものへと変わった。会話を交わす2人の視線が交わることはない。

「そう感じるのなら、オマエはキツネに化かされてるのさ」

「と言いますと?」

「彼は・・・ウテナはすでに反物質という数学の答えにたどり着いている。そしてその答えを出すための基と成る数字は彼女・・・リーが持っている。後は、その答えに成るように、式をはめ込むだけのはずだ」

 それまで正面を見据えたままだったゲンフォールが、その表情を驚きに変化させながら、ゆっくりとディミトリーの横顔を捉える。

「本当ですか・・・中将はそれを知っていたから、ウテナにこの話を持ち掛けたってコトですか?」

「ん?知っているワケがないだろう。ただの私のカンだよ、カン。いや、カンだったが正解かな?彼とのやり取りでソレは確信に変わったのでね」

ゲンフォールの表情は、ディミトリーの言葉の途中で唖然としたものへと変化した。全て言い終えるころには、「ヤレヤレ」とばかりに首を横に数度降る。

「あそこに居た2人はどうか知りませんが、少なくとも、キツネに化かされっぱなしだってことは理解しましたよ・・・中将、あの2匹のキツネ、信用してよろしいので?」

「オマエはどう思う?」

「メギツネの方は計りかねてますが、ウテナ局長はアティスを生み出した人物ですからねぇ・・・あの機体、そもそもの素性がいい。そこに特性を上乗せしても素性がいいままだなんて、よっぽど真っすぐでなけりゃ、造れやしませんよ」

「それには同感だ。彼は信用できる。そして、その彼にコトの結論を委ねた彼女も、その判断は称賛できるものだよ」

「判断・・・結論はどっちが返ってくるんでしょうね?」

「そこは期待していいと思うぞ?特にウテナ氏は、生粋の技術屋だからね」

 ディミトリーの視線がわずかに動いた。その様子が前方の変化を知らせていることに気付いたゲンフォールは、それでも慌てることなく、視線を前方へ向ける。その視線の先で捉えたものには、もう出発して数日は経っているかのように感じるほどの懐かしさがある。すでに暗がりとなった空間に、その存在を明かりで自己主張しているかのような基地の姿だった。

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